53.目覚めと違和感
「────……でも、……」
「仕方ない。ヴィンス殿が────」
「……ライラック様も……」
声が、聞こえる。
途切れ途切れの声が、ゆっくりと浮上する意識の端に引っかかる。
「……」
重たい瞼を持ち上げると、目に痛いくらい白い光が瞳孔を刺す。
「────だ、ダリア様っ」
ダリアの瞼が持ち上がったことに気が付いたカペラが、飛びつくようにダリアの隣に駆け寄った。
その後ろで、「ヴェイル殿に報告してくる」と言葉を残し、誰かが部屋を出ていった。
「カ……ペラ……。ここは……」
長い夢を見ていたような気がする。
懐かしい夢。子どもたちに囲まれて、この世界にはないはずのものに囲まれて笑い合うあの光景は、きっと前世の────……。
けれど、目を覚ましたときに視界に映るのは、前世で遺してきた子どもたちの顔でも、寝室の天井でもない。自分は「ダリア」であるし、この世界は「オシラブ」の世界であることを、霞みがかった意識の中で瞬時に理解した。
「ここは、魔法研究塔の病塔です。
ダリアお嬢様は矢に撃たれ、昏睡状態だったんですよ……っ」
そう言うカペラの声は震えている。
ああ、心配をかけたな。とダリアはカペラを安心させようと精一杯微笑む。
「そう、私……生きているのね」
「はい、生きておられますっ
……申し訳ございませんでした。
あの時、傍にいることができず……っ」
まだ少しぼんやりとする視界の中で、カペラは悔しそうにその表情を歪ませる。
その言葉に、あの時の瞬間を鮮明に思い出した。
そう、確かあの時カペラには牢の外で待つよう伝えた。
しかし、ヴィンスたちに助けられて外に出たときにカペラはいなかった。
ダリアが捕まって目を覚ますまでに時間も空いていたし、カペラの行方は気になっていたのだ。
「カペラは……怪我、していない?」
「はい、私はどこも……。
お嬢様が牢の中に入っていった後、しばらくしてアナスタシア様がいらっしゃったんです」
「アナスタシアが……?」
何故、と拭えない違和感にダリアは眉根を寄せる。
「ええ。ダリア様はライラック様と王城に戻ったため、私には屋敷で待機するよう指示を出されたんです」
「……」
おかしい。アナスタシアの言葉は明らかに嘘である。
しかし、アナスタシアがそのような嘘を吐く理由が分からない。
もしかしたら、ライラックと共に歩く女性がいて、ダリアと見間違えたのかもしれない、と思ったけれど、ダリアやライラックと同じホワイトブロンドの髪を持つ者は国内に殆どいない。
故にライラックが大切にしている、という話がこれほどまでに盛り上がるのだ。
「その話、他に誰かにした?」
「い、いいえ。まだ誰にも……。
ダリア様が倒れた際、どこにいたのかとライラック様に問われましたが、アナスタシア様の指示で屋敷にいたという話だけいたしました」
まだ起きたばかりで、思考がうまく纏まらない。
けれど、その話がライラックに伝わっているなら、既にヴィンスやトピアスの耳にも届いているだろう、と思いダリアは再び目を閉じる。
「私の、容体は……?」
ダリアの言葉に、カペラの表情は暗くなる。
「その……、詳しい話はヴェイル様からされると思いますが……。
残念ながら、胸元の矢傷の跡は残ってしまうそうです」
「そう……」
その言葉を受け、ダリアが一番最初に思い浮かべたのはヴィンスの顔である。
傷跡の残る婚約者なんて、きっと嫌だろう。もし、拒絶でもされたら……。
そう考えると怖くて震えてしまいそうだったけれど、自分は、死んでしまう運命のヴィンスを助けることができたのだ。それ以上を望むのは、欲張りなのかもしれない。
そう自分に言い聞かせる。
「他に、何か変わったことは?」
ダリアの問いかけに、カペラは押し黙った。
特になければ、ありません。と一言言うだけで良いのに、カペラから反応はない。
不思議に思い、重たい瞼を持ち上げると……。
「お嬢!調子はどうだ?
今、ヴェイル殿にお嬢が目を覚ましたこと伝えてきたぜ」
ばんっ、と音を立てて扉が開く。
およそ貴族の娘が寝ている部屋を開ける音ではないな、と感想を抱きながらも、入ってきた影に視線を向けた。
目に焼き付くような赤い髪に、先ほど部屋を出ていったのはクロヴィスだったのか、と自分の中で解決し、ダリアは微笑む。
「……クロヴィス、心配かけたわね」
ダリアの護衛を務めていた彼が、彼のあずかり知らぬところで守るべき対象が怪我をしたとなれば、クロヴィスの心情は計り知れない。
それどころか、護衛対象が重症を負ってしまったのだ。何かしらの咎があったとしてもおかしくはないだろう。
その考えがよぎり、ダリアは背筋が凍る思いをした。
「く、クロヴィス……、あなた何か処罰を受けたり────……」
ダリアの言葉に、クロヴィスは少し困ったように笑った。
「ああ、副団長降格処分。今はアズレイドの平騎士だ」
「そんな……っ、私のせいで……!」
「そうだとしても、俺自身が俺を許せなかった。
知らぬ存ぜぬでお嬢が怪我をしたなんて……。
そうまでしてでもしがみ付いていたいほど、俺は肩書に興味はねェ」
まっすぐ言い切るクロヴィスに、この男はこういう性格だった、と改めて思わされる。
「騎士団除籍にならなかっただけ、マシだ。
それに、お嬢の護衛自体は外されてねェ。
ライラック様がそう采配してくださった」
「そう、お兄様が……」
妹想いの兄だからこそ、ダリアを幼い頃から知っているカペラやクロヴィスを排除しなかったのだろう。今回ばかりはシスコンに感謝、とダリアは安心して目を閉じる。
……しかし、指先にできたささくれのように、やはりどこか違和感が残る。
クロヴィスは除籍になったものの、ダリアの護衛は外されていない。
カペラにも大きな処罰は与えられなかった。
だとしたら、どこかにシワ寄せがいっているはず。
そう思ったダリアは、先ほどカペラが何かを言いよどんだ姿を思い出す。
「……何か、隠しているわね」
そういうと、カペラの薄い方がびくっと跳ねた。
「カペラ、お嬢にあのこと……」
「……」
どうやらクロヴィスは何か知っているらしい。
カペラは躊躇するように唇を噛むと、ゆっくりとダリアへ視線を向けた。
「……まだ回復しきっていないお嬢様の負担になってはいけない、と……。
お伝えするのを躊躇っていましたが……」
カペラは一度言葉を区切り、下を向く。
ああ、なんだか嫌な予感がする。
ダリアは背中に嫌な汗をかきはじめた。
「……旦那様……、ルドベキア様が、お倒れになりました」
「────っ、お父様が……!?」
どうりで先ほどから、カペラやクロヴィスの話題にライラックの名しか挙がらないわけである。
その上の立場である、屋敷の主人が倒れているのならば、次期当主である兄、ライラックが動くのは至極当たり前。
ライラックがシスコンであるが故に、ダリアの周囲の采配を行っていることに違和感を覚えなかったのだ。
「そんな、容体は?!
今、どちらにいらっしゃるの?」
ダリアは無理矢理上体を起こすと、胸のあたりに引きつるような痛みを感じて顔を顰める。
「お嬢様、まだ起き上がらないでください……!」
慌ててカペラが制止しようとするけれど、ダリアは首を横に振る。
「私のことは良いの。お父様は……!」
「旦那様は、王宮医師団のもとで治療を受けております。
まだ意識は回復されておりませんが、命に別状はないそうです……!」
カペラの説明を受け、ダリアは少し安堵したように脱力し、ベッドへと再び倒れた。
「原因は不明とのことで、現在治療と同時に原因追及されています」
カペラがそう続け、ダリアは下唇を噛む。
「……私の意識がない間にそんなことに……っ」
「お嬢様のせいでは決してございません。
今はどうか、ゆっくりご静養ください」
カペラに促され、ダリアはゆっくりと深呼吸する。
まだ回復しきっていない体が、睡眠を欲しているのが良くわかる。
瞼は重く、意識がゆっくりと沈んでいく。
やがてダリアは、規則正しい呼吸を始めた。
「……いいのか、お嬢にもう一つのこと言わなくて」
ダリアが眠ったことを確認し、クロヴィスがカペラの背中にそう問いかける。
カペラは眉尻を下げ、首を横に振った。
「私も……、どうしたら良いのかわからないんです。
でも、お嬢様は確実に傷ついてしまう……。
今のお嬢様に、お伝えする勇気がなかったのです」
カペラは拳を握る。
握りしめたのは悔しさか、怒りか。
その答えは分からず、クロヴィスは静かに目を伏せた。
「……でも、いずれ知ることになる」
「そうだとしても……、今ではないと思うのです」
カペラのダリアを思う気持ちは本物である。
クロヴィスももちろん、ダリアのことを思っている。
しかし、今伝えても、後で伝えても、ダリアに刻まれるであろう傷跡の深さは、きっと変わらないだろう。
そう思うと、遣る瀬無さが込み上げてきて、クロヴィスはきつく拳を握りしめる。
(なぁ、どうしてだよ……)
クロヴィスは、窓の向こうに広がる晴天を睨みつけた。
そこに思い描いた人物を睨むように。




