51.決断と異変
王城に戻ったトピアスとヴィンスの元へ、駆け寄ってくる影があった。
「殿下!」
目に眩しい白い甲冑を纏った、ルカーシュである。
ガシャガシャ、と甲冑特有の金属音を鳴らしながら駆け寄るルカーシュの表情は暗い。
「捕らえた正史連について、だな」
「は……。その存在が明るみに出ました」
正史連、という名前があれど、その肩書を外せば彼らは“貴族”である。
貴族を拘束したとなると、その事実を隠し通すことは難しい。
「すでに保守派が動いております。
殿下が不当に貴族を拘束した、と……」
ルカーシュの声が固い。
トピアスもルカーシュからの報告を受け、その眉間に皺を刻む。
(先手を打たれたか────……)
今更考えても、もう遅い。事は起こってしまった。
起こってしまった出来事をなかったことにすることもできない。
トピアスは現状かき集められるだけの情報をルカーシュから受け取り、頭の中で整理する。
「……陛下に謁見を申し出る。
すぐにだ」
「はっ」
ルカーシュとヴィンスを伴い、トピアスは迷うことなく王の居る執務室へと向かった。
生まれ育った王城は、いかに広いといえどトピアスにとっては我が家である。
曲がり角を一度も間違えることなく進み、重厚な扉が開かれた。
そこには、すでに数名の貴族たちが集まっており、入ってきたトピアスへと視線を向ける。
中には保守派の貴族もおり、その視線はトピアスを抉る勢いで向けられた。
入口から入って正面に、豪奢な椅子に腰かけた男が低い声を出す。
「……トピアス」
「陛下、突然の入室申し訳ございません」
頭を下げ、腰をほぼ直角に曲げるトピアス。
重苦しい声と空気に、トピアスの額に汗が吹き出る。
トピアスの一歩後ろに控えるヴィンスとルカーシュも、その苦しいまでの空気に押しつぶされそうだった。
「報告は受けている。
貴族を不当に拘束している、と……」
王の発言は、一言一言がずしりと重く、トピアスの肩に伸し掛かる。
「申し開きがあるのならば────発言してみよ」
その言葉は機会であると同時に試練でもあった。
トピアスは顔を上げ、まっすぐに王の顔を見つめる。
そこには荘厳な王がいるだけで、トピアスの父はいなかった。
圧すらも感じるほどの、威厳ある姿に震えだしそうだった。
トピアスは震える足を一歩、前へと踏み出す。
同時に、王族としての仮面を被った。
「────陛下、本件は単なる拘束の是非ではございません」
静かに、しかしはっきりと。
明瞭に話すトピアスの声は、張り詰めた空気を震わせる。
「スヴァルトシェレナ、オーケリウム…
両国関係悪化の発端、その“真実”に関わる問題です」
ざわり、と場が揺れる。
「何を────」
誰かの声をさえぎるように、トピアスは続ける。
「現在、古代魔素遺構より発見された手記が確認されています」
「……手記だと?」
「そこには――海駆人の王の死、そして海詠人の王の断罪が、“仕組まれたものであった可能性”が記されています」
一瞬、沈黙が落ちた。
「────ば、馬鹿な……!」
「証拠もない戯言を――」
「そもそも、魔法研究塔の話なぞ、信用してはならん!」
ざわめきが広がる中、トピアスは一歩も引かない。
「証拠ならばある」
一歩も引くことのない、凛とした声に空気が凍る。
「そして、その真実を確かめる方法も存在している」
「な、何を……」
トピアスのまっすぐな言葉とは裏腹に、それぞれの思惑と困惑が混ざりあい、複雑に絡まっていく。
「────時遡行という魔法を、ご存知だろうか」
愚問だな、とトピアスの後ろでヴィンスは静かに笑う。
この場に居る貴族の殆どが保守派である。
保守派は塔を嫌うため、塔で研究されている魔法になど興味の欠片もないことを、トピアスは知っていて問いかけているのだ。
「その名の通り、時間遡行の魔法のことです」
「時間……遡行……!?」
「禁忌だ!時間を魔法で操るなど……!」
「外道だ!」
「そもそも、不可能だ!」
予想通りの声が上がる。
この場にヴェイルが居たら、さぞ面白いほどに混沌としただろう、とトピアスは少し残念に思う。
「結論から申し上げますと────可能です」
トピアスは断言する。
混乱する空気を一刀両断するほど、まっすぐな言葉に空気はざわめきもしない。
「そして、その鍵となる存在がいます」
一瞬だけ、言葉を区切る。
その一瞬、トピアスは躊躇した。
記憶の中で屈託なく笑う彼女の姿を思い出したから。
彼女を、こんな薄汚い貴族とのやり取りに利用などしたくなかった。
(……決めただろう。
塔を出るときに。俺は……)
王族として、自分の立場を精一杯利用し、この腐った歴史の真実を解き明かすのだと。
そもそも、そのために手に入れたアンジェリカなのだ。
彼女は命をかけてスヴァルトシェレナに来てくれた。
ここで利用せずして、いつ彼女の存在を利用するのだ。
トピアスは一瞬の思考の後、ゆっくりと肺に溜まった空気を吐き出すように続けた。
「アンジェリカという少女を保護しています。
彼女は――海詠人と海駆人のハーフです」
再び、空気が揺れた。
どよめいた、と言ったほうが表現としては正しいだろう。
空気が揺れ、地面までも揺れているように感じる。
「……彼女の魔力保有量は、既存の枠を逸脱しています。
時遡行の発動条件を満たし得る、唯一の存在です」
王の視線が、わずかに鋭くなる。
「……続けよ」
その一言に、場の全てが沈黙した。
トピアスは息を整え、そして告げる。
「歴史の真実を、明らかにすべき時です」
その言葉が落ちた瞬間――
「────失礼いたします!」
場を切り裂くような声が響いた。
血相を変えて飛び込んできたのは、一人の伝令である。
「何事か」
王の威厳ある低い声が地面を這う。
伝令は息を切らしながらも姿勢を正し、まっすぐに王を見つめる。
「はっ、……スヴァルトシェレナ国宰相であらせられる、ハロルヴァ卿が倒れました」
その一言に、空気は一瞬凍り付き、そしてすぐに震えだした。
ざわめきが広がる中、ヴィンスは目を見開く。
この場に入室してきて感じていた違和感に、答えが出た。
(どうして見落としていた……?
宰相がこの場にいないことを……っ)
ハロルヴァ卿、ダリアの父はこの国の宰相であり、常に王の隣に立っていた。
それなのに、今この場にその姿さえないのだ。
トピアスにとっても寝耳に水であったようで、伝令の背中を困惑した瞳で見つめる。
「現在意識はなく、原因は不明。
王宮医師団による治療が始められております」
場はざわめく。病なのか、怪我なのか。
病だとすれば、それは流行り病なのか否か、憶測が飛び交う中で、トピアスとヴィンスの脳裏にだけ浮かび上がった不穏な単語に、冷や汗が背中を伝う。
(……まさか────毒なのか……)
ヴェイルの元で見た手記の内容が反芻される。
貴族間で毒が盛られるなど、珍しいことではない。
しかし、タイミングがタイミングである。
誰が、何故、どういう理由で。
すべてが謎に包まれている今、憶測で話を進めることは危険である。
トピアスもヴィンスも黙って事の成り行きを見守るしかなかった。
その時だった。
「――お騒がせしてしまい、申し訳ございません」
静かに、しかしよく通る声が響く。
振り向いた先に立っていたのは────ライラックだった。
「ライラック……」
トピアスの視線が鋭くなる。
ライラックは一礼し、ゆっくりと顔を上げる。
その表情には、悲しみとも取れる影が浮かんでいた。
「父が倒れたとのことで、私が代行として参りました」
その声音は、あまりにも整いすぎていた。
まるで、すべてを知っているかのように。
「以後のことは、この場にて私が引き継ぎます」
その言葉が落ちた瞬間――
誰もが気づかぬうちに、盤面はすでに動いていた。




