50.歴史の胎動と御伽噺
トピアスとヴィンスは、言われる前にそこに綴られた文字に視線を添わせた。
そこに書かれていたのは、断片的でありながら――
あまりにも、重すぎる“真実”だった。
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《解読記録:古代魔素遺構出土手記・抜粋》
解読者:ヴェイル・フェルノート
判読可能な箇所は全体の数%未満。
魔素腐食は進行しているが、異常なまでに“残されている部分”がある。
意図的な保護魔法の痕跡を確認。
以下、判読可能な断片を記録する。
「……私は、毒を扱う家に生まれ……」
「……命じられた。……の王を……」
(中略・判読不能)
「……海詠人の王は……」
「……友だった……」
(大きく欠損)
「……断罪……これは……」
「……仕組まれた……」
(判読不能)
「……この記録には……腐食を防ぐ……逆位の術式……」
(欠損)
「……懺悔……」
「……扉が……」
――以上。
魔素の保存状態から見て、この文書は“意図的に未来へ残された記録”である可能性が高い。
特に「毒」「王」「断罪」という語句の連続性から、両国関係悪化の発端となった事件に関する重要資料と推測される。
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その文字を読み終え、トピアスは視線を持ち上げてヴェイルを見据えた。
「これは……っ、歴史が動くぞ」
「でしょ~?」
「この手記は、今どこに?」
「研究塔で保管してあるよ。
たださっきも言ったけどかなり朽ちかけている状態だから、持ち運ぶことは不可能」
実物を、とトピアスが言い出す前にヴェイルがぴしゃりと跳ね返す。
これほどまでに重要なものなのだ。変に持ち運び破損してしまうよりも、塔で安全に保管されていた方が良い。
トピアスは少し残念そうに眉尻を下げたが、すぐに納得し、表情を戻す。
「それで、この手記の報告だけじゃないんだろう」
そう言うトピアスの声は王族の色をしていた。
「……あは、さすが殿下。
そう、この手記を見せたのには理由がある」
にやり、笑うヴェイルはそのまま続ける。
「くどい様だけど、この手記は朽ちかけている。
けど……この本を戻す方法があるんだよねェ」
「!」
ヴェイルのオッドアイが、妖しく揺れる。
「時遡行」
「クロノ……リグレッション……?」
「この塔で研究している、時間遡行の魔法だよ」
次から次へと、ヴェイルが投下する爆弾はトピアスとヴィンスの常識を覆す。
「時間魔法はタブーだったはず……」
「ああ、一般的には、ねェ。
けどここは 魔法研究塔。
研究しちゃいけない魔法なんて、存在しない」
その言葉はまっすぐと芯があり、馬鹿にして笑えるほど軽い言葉ではなかった。
「事実、時遡行で助かった命があるでしょ」
そう言うヴェイルが捉えたのは、ヴィンスの姿である。
その視線と意図を瞬時に察したヴィンスは目を大きく見開く。
「ダリア……」
「ああ、そうだよ。
ハロルヴァ嬢の傷の具合は聞いた?
せっかくだし、全部説明してあげるよ」
そう言うとヴェイルは、手記を見つけた経緯から話し始めた。
魔力量がかなり多い戦闘奴隷を手に入れたこと。
魔法防具の研究が進み、高濃度の魔素に耐えられるものができたこと。
それによって、区分Ⅳの探索が可能になったこと。
ダリアの傷、矢の構造、ダリアに刺さった矢そのものに時遡行を使用し、矢尻を元の状態に戻したこと────……
ヴィンスはダリアの状態が自分の想像していたものよりもずっと酷いものであったことに、改めて恐怖する。本当に、彼女を失わないで済んだのは、ヴェイルが……、この塔の職員が魔法の研究をしていてくれたおかげに過ぎない。
自分が神に祈ったことなど、ダリアを救うのに塵ほどの力にもならなかった。
無力さと情けなさを押し殺すように、ヴィンスは奥歯を噛みしめる。
「……説明した通り、時遡行を使うには膨大な魔力が必要になる」
「ああ、それは分かったが……、具体的にどのくらいの魔力量が必要なんだ?」
トピアスの問いかけに、ヴェイルはもう一つの書類をトピアスに手渡す。
そこには《海詠人と海駆人のハーフ、またその魔力について》と記されている。その題目から察するに、アンジェリカのものであることがわかり、トピアスは一瞬頭に血が上りヴェイルを睨みつけた。
おそらく、アンジェリカを攫ったときに入手したデータなのだろう。
仕事が早いことは美徳ではあるが、美徳を通り越して腹立たしさを覚えてしまう。
しかし、今ここでヴェイルに腹を立てても仕方がない。
深呼吸をしてもう一度文字に目を通すと、そこに記されていた魔力量に、トピアスは言葉を失う。
「この魔力量……、本当なのか?」
「はぁ?数字がその辺の貴族みたいに嘘吐くとでも?
新しい魔法に関する研究データと、貴族の吐き出す上っ面だけの言葉だったら、俺はデータを信じるけどね」
トピアスの疑いの言葉を跳ね返すように笑うヴェイル。
この世界の魔力量は《マナ》という単位で表される。
一般的な国民でも使用できる下級魔法《燃えよ》の消費マナは《5》であり、一般国民の平均的な魔力保有量は《80~100マナ》程度である。
国に仕える魔術師や、塔で魔法について研究している者の平均は《500~800マナ》。
そして、トピアスのように王族はその保有量は国の最大値を誇り、《1000~1800マナ》程度であることが分かっている。
しかし、トピアスの手元の書類に記載されていたのは、そんなトピアスの魔力保有量を優に超える数値であった。
「……アンジェリカ嬢の魔力保有量が……5000マナ、だと……?」
国最大と言われる魔力保有量のトピアスの、倍以上の数値はいまいち現実味がない。
しかし、思い返してみればこの国に来た際に持っていた魔道具も消費魔力が多いにも関わらずアンジェリカには扱えていた。
王城にて魔力操作を教える際も、魔法を連発しても疲労する素振りは見せなかった。
トピアスの記憶の中のアンジェリカが、書類上の数値を裏付けていく。
「それを踏まえて、時遡行で手記の状態を元に戻すに必要な魔力量は、────6000マナと推測される。
殿下のお姫さまだけでは補えないけど……、殿下やハロルヴァ嬢の魔力も借りることができれば、不可能な数値じゃないんだよ」
にやり、笑うヴェイルにトピアスとヴィンスは言葉を失う。
途方もない年月を経て、今、自分たちの目の前で歴史が大きく動こうとしている。
その状況に、不謹慎ながらに興奮を覚えた。
「まァ、殿下のお姫さまとハロルヴァ嬢が目を覚まして、魔力量も回復してからの話にはなるけどねェ。
でもま、現状伝える分には十分な情報だったでしょ?」
そう言うヴェイルに、思わず「ごちそうさま」と言ってしまいそうになる。
それほどまでに、与えられた情報量を持て余していた。
「……すぐ城に帰る。ヴィンスはどうする?」
それは、ダリアのことを案じての提案だろう。
ヴィンスはできればこのままここに留まりたい。
ダリアが目を覚ました時、一番にそのダークグレーの瞳に自分を映してほしい。
……けれど、ダリアがいつ目覚めるかは分からない。
現状容体も安定しているのであれば、ヴィンスがここにいてできることなど何もないのだ。
「────……俺も、一緒に戻る」
後ろ髪をひかれながら、ヴィンスはトピアスと共に馬車へと急ぐ。
塔の上で眠るダリアを想いながら、見上げた先には分厚い雲でおおわれた空があった。
何かのおとぎ話みたいだ、と。
そう思った。




