ジェンダーレスタレントと不良とモデルかぶれ
「王子様」
それは女の子たちが私に言う賛美の言葉。
私の名前は松尾薫。
性別も性自認も女性だけど同性に褒められるのは悪くないと思っているし、私の未来のお嫁さんは私に負担をかけないようにと所謂花嫁修行に力を入れている。
だから私もそんなお嫁さんに釣り合う素敵な女性にならなくてはならない!
「やぁ、お嬢様たち……道を開けてくれないかな?」
「や、やだ!ごめんなさい!みんなどいて!王子様が通れないわ!」
「ありがとう、みんな素敵だよ」
「……」
遠くから視線を感じる、その瞬間ぴろんとメッセージアプリの着信音が聞こえてくる。
すぐに開いて名前を見て口が綻ぶ、私のかわいい未来のお嫁さんである八房姫からのメッセージだ。
『かおる、デレデレ鼻の下伸ばすな』
『なにを言ってるんだい私のお姫様、私は君しか見えてないよ』
返事はできるだけ一分以内、でないと姫は拗ねてしまうからね。
『そんなのみんなに言ってんだろ』
『君にしか言わないに決まってるだろう』
このやりとりは楽しい、いかに私が姫を愛しているかよくわかるし、なんていったってこの瞬間の姫は私しか見ていないから余計に気分がいい。
「あの、王子様……」
「なんだい?」
「今教室に行かない方がいいです……」
「なにかあったのかな?」
「う、その……不良さんが暴れてて、危ない、です……!」
「なんだ、それくらいなら……ちょっと待っておくれ」
スマートフォンを取り出して姫に連絡する。
『私のおてんばなお姫様、困りごとかい?』
返信はない、それでも気にせずがらりと教室の引き戸を開けると同時にどすんと壁になにかがぶつかった。
「……おや?読みが外れたね」
教室の中でおてんば姫が遊んでいたのかと思ったけど、どうやら違ったようだ。
数人の男子生徒が教室で暴れていたようだ、教室のすみっこでクラスメイトが震えていた……なんということだ! また喧嘩かな?
「あ?……なんだ、オトコオンナじゃん」
「……ちょっと!王子様に失礼じゃない!!」
「王子様は仕事の忙しい合間を縫って学業に専念してるのよ!?」
確かに私は仕事としてモデルや役者の仕事をさせてもらっている。
でもそれは私が姫にふさわしい女性だと姫の両親に認められるようにと始めたことだし、それにまだ功績を積み上げられていないからまだそういう風に言われるような立場ではない。
「君たち、私はまだまだ未熟なんだが……」
「そんなことないです!」
「この前だって、大手の化粧品メーカーとスポンサー契約したってニュースやってましたし……!」
「……で?そのお偉いオトコオンナさんは何しに来たんだよ!」
「俺たちを見下しに来たのか?」と騒ぐ血を垂らす男子生徒たちを見てびっくりした、ここは勉学の場ではないのか?
「何って、授業を受けに来たのだが?」
「……」
ぽかんと口を開けた男子生徒たちは次の瞬間ガタガタと怯えた様子で私ではなく私の背後を見つめている。
ふわりと香る甘い香り、これは姫のお気に入りの香水だ。
「かおる」
「ああ、姫!会いたかったよ!」
「……返信、できなくてごめん」
「え、ああ……気にする事はないよ、姫も忙しいだろう」
「お、おいオトコオンナ!そいつは……」
「あ?お前、今かおるのことをなんて言ったんだ……『オトコオンナ』?ふざけた呼び方すんな」
じとりと姫が男子生徒を睨む、すると男子生徒は怯えた様子で私に謝ってきた。
「気にしないでくれ」
「……かおる、少しは気にしろ」
「気にするもなにも、本当のことだろう?」
ジェンダーレスモデルとして働いている以上、男でも女でもない見た目をしている自覚はある。
よく女子生徒たちからもスカートが似合わないと言われるし、かといって寒くもないのに冬用のズボンを履き続けるわけにもいかない。
「あ、あの……王子様……」
カタカタと怯えた子リスのように震えながら女子生徒が話しかけてくる。
「なにかな?」
「こ、この不良さんと仲がいいのですか?」
「あ?」
「姫、この子を驚かすのはやめてあげてくれないか?」
「……お前、かおるのこと好きだろ」
「えっ」
「見ればわかる、かおるはモテるから」
「姫、何度も言ってるが……」
「俺はかおるのお嫁さん候補だ」
やきもち焼きな姫は、どうやら我慢ができなかったようだ。
まったく可愛い、むくれた表情のまま私だけを見つめる彼の頬を両手で包んであげると頬を赤く染めた姫は頬を膨らませているものの機嫌は治ったかもしれない。
姫の気まぐれは愛らしい愛情表現だけど、誤解は早めにといておかないと。
「姫、もう……こんなに可愛いお嫁さんがいるって知られたら私は周りから不釣り合いだって言われてしまうよ」
「不釣り合いじゃない、俺はかおるのもんだ」
「ふふ、姫の方からそう言ってくれるなんて、照れちゃうな」
やきもちは愛らしい愛情表現だけど、誤解は早めにといておかないと。
私が頭を撫でると姫は私にだけ見せる笑みを浮かべてもっと花嫁修業を頑張ると言ってきた、いじらしくって可愛い姫の言葉は嬉しいけれど無理をさせていないだろうか?
「かおる、授業受けるんだろ」
「ああ、受けるよ……姫はどうする?」
「俺も受ける」
くっついて離れない姫を席に座らせて隣の席に座る、たまたま姫と同じクラスで隣の席でよかった。
チャイムが鳴って教室に入ってきた先生がびくっと驚いたようなリアクションをして、二、三回程度話を聞いてから、クラス全体に転校生が来たことを告げる。
朝のホームルームが終わってからすぐにクラスメイトは転校生の話題で盛り上がっている、どんな子なのか気にはなるけど姫は興味なさそうにしているからこの時は気にしていなかったのだけど、まさかこの後あんな騒動になるなんて思わなかった。