表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人生を諦めた少年は4人の魔王をその身に宿しているようです  作者: 鈴川バウ
口の悪い魔人と俺様ノルト
8/20

008.生まれて初めての仲間

 ロゼルタの暖かい手がノルトの背中を軽く摩る。


「詳細はもうやめておくがテスラ、マクルル、そしてあたしの国も酷い目に遭っている」


 嘔吐の後の涙混じりの顔でロゼルタを見上げる。


「特にあたしの国は国民の殆どが女の『魔女の国』だったからな。そりゃあ思い出しても胸糞な状況だったんだぜ。エキドナ様をも犯そうとしたあいつはそれに失敗すると次にあたしを狙ってきやがった。そん時は運良く誰かの魔法で助かったんだが……」


 そこで自嘲気味に笑い、


「あ、いや助かってねーわ。結局直後に奴の仲間に真っ二つにされたんだからな。アッハッハ」


 最後は快活に笑う。ノルトにはどうして彼らがそれ程明るく、自分の悲惨な過去を話せるのか理解出来ない。


(僕には、とてもそんな風には出来ない)


「ま、とにかくリドがクソで下衆だって事はわかったろう」

「はい、同じ人間として……許せない、許せません」


 どう見ても気弱な少年、としか目に映らないノルトのその言葉に、ロゼルタは少し驚く。


 だがその後、初めて優しく微笑むとノルトの肩を抱いた。


「そうか。頼もしいな。そこが繋がればあたしらは、仲間だ」

「な……仲間……」


 それはノルトが生まれて十数年で初めて出来たものだった。


 親代わりに育ててくれたスラムの年寄りやつい先日までの彼の主人アンナ、通りすがりで治療してくれたサラの様に普通に接してくれる人間は今までにも数人いたが『仲間』というものとは違うと感じた。


 不意に大きな手がポンと頭を優しく叩いた。振り返るとテスラが口元を上げ、ニヤリと笑っていた。


「大層な事言うじゃねーか。ま、安心しろ。これからテメーの命は保証される。俺がいるからな」


 その言葉に嬉しくなり、「ハイッ」と大きく返事をした。と同時に左腕に柔らかいものが押し付けられた感触がする。


 え? と思い、その方を向くとドーンの、ノルトを覗き込むような大きな目がそこにあった。


「うわわわわっ」


 あれだけ冷たかったドーンの体は人と同じく暖かく、花の様な、心が安らぐ良い匂いがした。


 唇が触れ合う程の距離に狼狽えたノルトが慌てて離れようとするが、それをドーンが許さない。「えっ? えっ?」と戸惑うノルトの左腕をギュッと抱き締め、ニコリと愛らしく笑うと、


「よろしい」


 とだけ言った。



 ◆◇


 ロスの町 ―――


 勿論ノルトは二度と訪れる気が無かった場所だ。


 彼はこのセントリア王国の王都近くの生まれであったが親はおらず、物心ついた時にはスラムで数人の老人達に育てて貰っていた。


 そういった部分では彼とリド=マルストには共通点があった。


 やがてその老人達も亡くなり、スラムを出たノルトは使用人や小間使いをしながら町から町へと転々としていたが、今まで一度として同じ町に戻った事は無かった。


 そこに辛い思い出しか無いからだ。


 最初の頃は新しい町を訪れる度、今度こそは、と思っていたがどこでも彼に対する態度は同じだった。


 リド=マルストはフェルマという剣の師匠に出会う事が出来、生来のフィジカル、メンタル両面の恐るべき強さから成り上がった。


 それに対してノルトは弱冠14歳で()()()()()()



 この町は魔族の彼らが想像していた様な、大きなそれでは無かった様だ。


「町というから少し期待していたのに、いいとこ村だな」


 テスラがボヤく。


 魔道具屋まで後少し。

 通りには少し人の数が増えてきた。


 ノルトの少し前をテスラが歩く。時々ノルトに魔道具屋までの道を聞きながらだ。


 ロゼルタとドーンは何か話し合いながらノルトの少し後ろにいた。マクルルは最後尾だ。


 このまま何事も無く魔道具屋に着きそう、いやそんな事を考えていると、()()()()に出会ってしまうかも、とノルトが取り止めのない事を考えている間に魔道具屋に辿り着いた。


(よ、よかった……後は町を出るだけ)


 テスラが勢いよく扉を開け、中に入っていく。数秒遅れてノルトが足を踏み入れた時、店の中から人が出て来た。


「あ、すみません」


 慌てて道を譲ろうとした瞬間、嫌な声が耳に響いた。


「ありゃ? ノルトじゃねえか」


 その声は忘れもしない、ヒョール町長宅の使用人で、ノルトが町を出る直前まで酷い暴力を振るった、ノルト虐めの主犯格の青年の声だった。


「何でまだこの町にいるんだ?」


 一瞬で全身に嫌な汗が吹き出した。


「あ……」

「あ、じゃねえよ。二度とこの町に来るなって言っただろ? このゴミ虫」

「あ、あ、す、すみません。す、すぐに出て行きま……」


 言い終わるより先に男が拳を振り上げ、ノルトの顔面に向かって突き出した。


「!!」


 反射的に手で顔を守り、目を瞑って数瞬後に来るであろう衝撃に備えた。


 だがそれは来なかった。


 この状況でそんな事は今までになかった事だ。


「……?」


 恐々、目を開ける。


「な、何するんだ! は、離せっ!」


 男の右腕は後ろから捻りあげられていた。


 その後ろには無表情で青年を見下ろすテスラの姿があった。


 先程の会話が聞こえ、引き返してきたのだ。


「離せ? 誰に命令してんだ、この()()()が」


 そこで初めてギロリと睨む。

 使用人の男はそれだけで震え上がり、呆気なく謝罪した。


「す、すみません! あ……いぃいたたたたたたっ!」


 更にテスラが力を込めた為、肩を外してしまったか。


「誰に言ってんだ、お前。コイツは俺の大事な()()だ。次になんかあったらそん時は躊躇なく殺す。俺に隠れて何かしても殺す。近くに寄ってきても殺す」


 男に顔を近付け、鬼の様に吊り上がった目で睨み付けて言う。


「頭、悪そうだが、わかったのか?」

「ひ、ひぃぃぃぃ……わ、わかりました!」

「分かったら、行け。10数える内に俺の視界から消えてなけりゃ追い掛けて殺す。いぃち……にぃい……」


 全く容赦の無いテスラの追い込み方だった。ようやく腕を離された使用人の男は腕を離されると必死に逃げ出そうとした。


「あ、ちょっと待て」


 その言葉に使用人の青年がビクッと体を震わせる。テスラは言うと同時にその男の首根っこを掴んでいた。


「ぐぇっ」


 首が締まり、一瞬半眼になる。


「ぐ、ゲホッゲホッ……な、何でしょう」

「ノルトに謝っていけ」

「え……」


 こんな状況だと言うのに、いやこんな状況だからか男はノルトを見て悔しそうな顔、そして少し脅す様に睨む素振りを見せた。


 自分がやられている姿をノルトに見られるのがこの上なく恥ずかしく、嫌だったからだ。


 当然、背後のテスラに自分の表情が見えないのは分かった上で、だ。


 ところがその男に向かって、今度はノルトの後ろから手が伸びた。


 その()()()()で分かる。ロゼルタだと。


 その手はスッと男の前髪を掴み、ブチブチブチッという髪が抜ける嫌な音とともに顔を上へと乱暴に向かせた。


「が、いだだだだっ……」

「テメー、今、ノルトを睨んだな?」

「ヒッ……あ、そ、そんな事は……」


 まさかノルトの後ろにいた2人の美しい女性までが知り合いだとは思わず、男は襟元と髪を掴まれながら驚愕と苦痛と後悔が入り混じった表情を浮かべる。


「そんな事は、なんじゃ?」


 冷めた目付きでドーンが問い詰める様に言う。


「す、すみません、でした」


 その瞬間、バキッという打撃音が鳴り響く。テスラが拳を握って男の頭に振り下ろしたのだ。勿論、死なない様、手加減はしていたが。


「誰に謝ってんだ?」

「は、え? あ、ああ……」


 テスラに言われた意味に気付くと下を向いて目を瞑った。


「ノ、ノルト、わ……悪かった」


 今度はもう少し鈍い、ゴンという音がした。俯いていた男の顎が空を向く程激しい、ロゼルタの下からのアッパー気味のパンチだった。


「うわっぶ……」

「心が篭ってねー。やり直し」


 そうして男は鼻血を垂らしながら4回の謝罪をし、その間のドーンの詮索でノルトがアンナに貰った服を破いた事までバレてしまい、更に7回の謝罪をした。


 途中、ノルトがもういいからと言っても彼らは一切容赦しなかった。


 使用人の男の顔はドーン曰く「まるでオークの様じゃ」と笑われる程に腫れ、ほうほうの体で逃げ帰って行った。


 あそこまでやる必要はないとは思うものの、テスラ達の思いやりがノルトの辛い思いを埋めてくれる気がして思わず涙が溢れてしまった。


 スラムを飛び出してから嬉し涙を流した事など記憶に無い事だった。


「受けた恩も恨みも忘れるんじゃねー。どっちも必ず相手に返すんだぜ」


 得意満面でテスラがそう言い放ち、彼らは揃って魔道具屋へと入って行った。


 その言葉がノルトだけに向けられたものかどうかはわからない。



 ◆◇


 まだ魔界と人間界がさほど敵対していなかった時代。


 魔族だけが持つ『念話』という交信能力を解析した人間達は、それを術式に落とし込み、指輪という形で利用者の魔素を消費して所持者同士で通信が出来るアイテムを作った。


 最初に表面の紋様をずらして交信相手を登録しておく。すると紋様の角度によっていつでも好きな相手と交信出来るという訳だ。


 その『交信の指輪』を5つ購入し終えた。


 取り敢えず飯でも食おうぜというテスラの提案に全員が賛成し、魔道具屋を出た所だった。


「なんじゃ? 何やら騒がしいのう」


 ドーンが首を傾げ、遠くを見る目をする。

 ノルトの耳には何も聞こえなかったのだが、ロゼルタとテスラも、


「確かに。悲鳴が聞こえるな」

「さっきの野郎が仲間でも連れて暴れてんのか? へっへ」


 そんな事を言っている。

 すると突然、聞いた事の無い男の声がノルトの頭のはるか上から聞こえて来た。


「知らない魔物だ。かなり大型の奴が暴れている」


 ノルトは声のした方を不思議そうに見上げ、ギョッとした。声の主はマクルルだった。


「そりゃあ気になるな。タイミングがタイミングだ、一応見に行くぞ。だが絶対に人化を解くんじゃねーぞ」


 明らかに嬉しげな顔をするテスラが腕を振り回す。


「ヘッヘッヘ。いきなり暴れるチャンスが来るとはツイてるぜ」

「本当にバカヤローだなテメーは。目立たずに行動するんだボケナスが」

「あああ? 何だよそれ……クソつまんねー」

「行くぞ」


 最後にポツンと残ったノルトは、


(マクルルさん、喋るんだ……カッコいい声だったな)

(それにしてもあの方向。ご主人様の御屋敷の方向だ)

(嫌な予感がする)


 それに気付いたロゼルタが叫ぶ。


「置いてくぞ! 早く来い!」


 ノルトは我に返った様に大声でハイッと返事をし、急いで駆け出した。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ