006.魔神達の人化
ソファでマクルルとテスラに挟まれ、居心地の悪さを感じながらノルトは小人の様にちょこんと座り、4人の魔神達と話していた。
「そうか。ここはセントリアか。スルークから最も離れた人間界の国だな」とロゼルタ。
「我が魔界、ファトランテにも近い。ちょうど良い位置じゃな」とドーン。
「最寄りの町はここから歩いて3日ほどでロスという小さな町です。魔道具屋もあります」
暫くその町で働いていた事や身寄りはなく町から町へ転々としていた事なども打ち明ける。
一方で彼らも自分達について少し教えてくれた。
彼らは皆、30年前リド=マルストという人間に殺された後、気付けば何者かが用意してくれたこの館にいた。
それ以来、この館から一歩も外へは出られなかった事、年月を示す不思議なカレンダーがあること、この館では食べなくても飢えず、性欲も沸かず、睡眠、排泄の必要さえ全くないが、望めばどんな部屋でもどんな食事でも現れ、いくらでも寝る事も出来た、などという奇妙な話をしてくれた。
「だがどうやらお前が来た事でようやくこの妙な館から出れるようだ」
直感的にそれが分かった、という事らしかった。
それはつまりこの館の存在理由が、ノルトと彼らを引き合わせるため、だったと考えることも出来るのだ。
その役目を終えた事でこの館の奇妙な力、存在が消えつつあるのか、魔神達を空腹、生理現象、睡魔などが襲う。
彼らは全員で空腹を満たし、風呂で汗を流し、いつ振りかと思われるほど深い眠りについた。
翌日。
ノルトが寝ていた部屋には、まるで彼が来る事が分かっていたかの様にサイズがピッタリのシャツと皮のベストがあった。
それを着込み、扉を開けると4人の魔神達は既に出発の準備を終えているようだった。だがその雰囲気はガラリと変わる。
「あ、あれ? ロゼルタさん、ですか?」
スラリと背の高い、ロゼルタに似た女性に近付いて見上げる。
背丈や顔の造形は確かにロゼルタに近い。だが髪の色は白から、瞳は真紅からそれぞれ黒に近い濃い茶色になり、少し柔和になった顔付きも相まってその雰囲気は完全に人間のそれだった。
マクルルにしてもテスラにしても瞳の色が黒になり、あの魔人独特と思われる恐ろしい雰囲気は身を潜めていた。
「そうだぜ。これが人化だ。魔族特有の術であたしらは人に化けれるんだ。理由は知らねー」
「凄い。どうみても人間です」
「戦闘力が格段に落ちちまうんだが……まあそれでもそこいらの奴にゃ負けねー」とテスラ。
「マヌケな話だがあたしらは相手が人化した魔族か人間なのかは見ただけじゃわからねえんだ」
地味な濃いベージュのミニワンピースからスラリと伸びた長い足先に短めのブーツを履いたロゼルタはどこからどう見てもただの美しい旅人だった。
その隣に並ぶテスラ。
彼は黒い袖無しのシャツとサルエルパンツ、大きな剣を腰に携えてズボンに手を突っ込んだ様子はちょっとヤンチャな青年、といった感じだった。
「言っとくが別に俺の趣味じゃねーぞ。俺に合うのがこれしか無かっただけだ」
「な、何も言ってません……」
「だが思っただろ? しかしこいつよりマシだ」
そう言ってテスラはマクルルを指差した。
超巨体、そして鋼の様な筋肉を持つマクルルでもピッタリのサイズのものがあったらしい。
だがその出立ちは一言で言うと、
「ガッハッハ。お前、デカ過ぎてクビになった暗殺者みたいだぜ」
テスラが例えた言葉を聞いてノルトもなるほど確かに、と思った。
上から下まで黒尽くめなのはテスラと同じだが、一切肌の露出が無く、黒のフード付きガウンに足首先がキュッとしまったズボン、その上から紐で結ぶブーツ、といった格好だった。
人化して幾分マシになったとはいえ、マクルルは人相が悪く、顔だけ見ると確かに殺し屋という言葉がピタリとはまる。髪の毛は非常に短く、眉は薄くて目付きは鋭い。口はいつも真一文字に結ばれ、ノルトはまだ一度も彼の声を聞いた事が無い。
その男がスッポリとフードを被り、ギラリと目を光らせているのだからテスラが言うのももっともだった。
「ま、誰も近寄って来なくて旅が楽でよいわ。儂だけでは人間の男が群がってくるからのう」
いつの間にかテーブルの上に山と積まれていた砂金を皆に分ける為に、幾つかの袋に分けて詰めながらマクルルの隣の美少女が言った。
「えっ! ひょひょひょ、ひょっとして、ド、ドーンさん!?」
「あん?」
それがドーンである事に一瞬気付かなかった。
あれだけ妖しく恐ろしい雰囲気を纏っていた彼女はどこにもいない。
そこにいたのは肩口が大きくはだけ、胸の辺りまで白い肌が見える露出の多い黒のワンピースと黒いタイツという姿をした、我儘で奔放なお嬢様といった様子のドーンだった。
目付きの悪さも心なしか影を潜め、その言葉も妖しさというよりは悪戯っぽい雰囲気に変わっていた。
「なんじゃ分からなかったのか」
ロゼルタ、テスラ、マクルルに金の詰まった袋を渡し、ノルトに渡す時に意外そうな顔付きで言った。
頭を下げながら大きく目を開けてドーンを見返しながら思わず、
「は、はい。とても、可愛いです」と言った。
「か、かわっ……」
ずっと怯えていた少年、ノルトの口から思いもしない言葉を聞き、一瞬ドーンは固まり、暫くして微かに頰を染めた。
(あああしまった、雰囲気が違い過ぎてちょ、調子に乗ってしまった)
「おいおい、2人で可愛らしい雰囲気出してんじゃねーぞ? さては付き合うんだな、テメーら」
腕を組んでニタニタと笑いながらロゼルタが酷い言葉で悪態を突く。
「ううううるさい! 儂とした事が……まさかこいつからそんな言葉を聞くとは思わなんだから……不覚」
そのままガクリと首を垂れた。
「クックック。昨日の仕返しだ。さ、行くぜ」
笑いながらこの不思議な館を後にした。