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人生を諦めた少年は4人の魔王をその身に宿しているようです  作者: 鈴川バウ
口の悪い魔人と俺様ノルト
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005.魔導王ネルソ=ヌ=ヴァロステ

 ノルトが苦し紛れに演技をしているかも、などとは思いもしない。


 それは魔導王ネルソをよく知る彼らにとって疑いようのない、本人そのものの気配と存在感だった。


 テスラが顔を上げ、涙を流す。


「ネルソ様……お久しぶりです」

「ようテスラ。久しいな、元気そうで何よりだ」


 迫力のあるその姿とは裏腹に、親しげな口ぶりだった。


「一体、今はどういう状況なのですか?」


 テスラの問いにノルト(ネルソ)が困った様な顔をし、肩を竦めた。


「今、余を含め、エキドナ、オーグ、ランティエ、つまりリドにやられた魔王達全員がこの少年の中にいる」

「エキドナ様はお元気なのですか!?」


 ネルソが言った『エキドナ』の名にロゼルタが素早く反応し、喜色を浮かべて顔を上げた。


「余達、今、魂だけだからな。元気かと聞かれても困るんだが……まあ、余の隣で気持ち良さそうに寝ているよ」


 心なしかノルト(ネルソ)の鼻の下が伸びた。

 ロゼルタが少し訝しむ目付きになる。


「一応確認ですが。エキドナ様に妙な真似はしていないでしょうね?」


 その言葉がネルソを崇拝するテスラの癇に触ったらしい。勢いよく立ち上がるとロゼルタを見下ろし、怒鳴りつけた。


「ネルソ様を愚弄してるのか? 死ぬか? おいクソアマ」


 それをジッと黙って見ていたノルト(ネルソ)だったが、フウとひとつため息をつき、暫くして重々しく口を開く。


「は、はあ? ななな何言ってんの? 余がそそそそんな事する訳ないだろ?」


 目を逸らしながら言った。


 ロゼルタの胸ぐらを掴まんばかりのテスラだったが、無言でポリポリと頭を掻きながら元いた位置に戻る。


「そ、そんな事はどうでも良い! 時間が無い。話を戻すぞ。余達は今、このノルトという少年の中にいる。この子の異常とも言える膨大な魔素の量によって生かされている」

「どうすれば蘇るのですか?」とテスラ。

「当分は無理っぽいな。だが()が聞こえる。我が城を目指し、リドを倒せとな」

「城へ……あのヤロー、我らが祖国に居座ってやがるのか?」

「キーマンはこの子だ。ノルトを守れ。絶対に死なせてはならん」

「……! 承知しました」


 テスラとロゼルタがそう答えると不意にノルト(ネルソ)の表情が険しくなり、少し声のトーンが低くなった。


「いいかお前達。今のリド=マルストには気をつけよ」

「あのクソヤローに?」とテスラ。

「詳しくは知らんが奴は今、以前の数倍の力を得、更にまだ何か企てている……ま、これは我々を()()()()()()()()()()から教えられたんだけど」

「す、数倍……」


 その言葉でロゼルタやテスラ達の間に緊張と動揺が広がる。


「だからこそ! それを止める為、余達がまた現世へと戻されたのだ。今のリドの感知能力は余やお前達、魔神級の者に対しては遠く離れたこの辺りまで及ぶものらしい。そのままここを出れば……すぐに、奴の知る所と……なろ、う」


 そこまで言うとノルト(ネルソ)を覆っていた青いモヤと首元の痣の輝きがスッと消え、意識を失った小さな体は糸が切れた操り人形の様に崩れ落ちた。


 床に倒れ込むところをロゼルタが素早く抱き止める。


 彼女はスッとノルトの耳に口元を近付け、厳しい目付きで言った。


「ネルソ様、聞こえますか? それ以上エキドナ様にちょっかいかけたら……後で全部チクりますからね」


 ノルトの目は開かなかったが、眉の片方と体が小さくピクリと震えたのをロゼルタは見逃さなかった。


「ふう。やはり魔王様達はこの子の中にいたか。目標が出来たな」

「ああ。行くぞ、我が魔王城へ」


 すぐにでも館を出ようとテスラが急かすように言う。


「まあ待て、落ち着け」とロゼルタ。


 フワリとドーンが宙に浮き、手を頭の後ろにやった。


「ネルソ様が仰っていたであろう? 儂らがここを出ればリドが気付くと」

「願ってもねーじゃねーか。返り討ちにしてやるぜ」


 顔の前で強く拳を握るテスラだったが、ドーンに嘆息混じりに嗜められる。


「ネルソ様やエキドナ様でさえ敗れてしまった相手が当時より数倍強くなっていると仰っていたじゃろう」

「ドーンの言う通りだ。まあ少し落ち着け。テメーだけじゃねー。奴をブチ殺したいのはあたしらも同じだ」


 ロゼルタは少し悲しそうな目付きでチラリとドーンを見て、


「こいつもかつてリドから凄惨な拷問を受けた。腑は煮えくり返っているはずだ」


 ドーンは何かを思い出した様に眉を寄せ、目を瞑ってまた宙へと舞う。


「エキドナ様とタイマンで互角以上の闘いをするリドをあたしはこの目で見ている。まず勝つ算段が出来るまでは奴との直接対決は避ける」


 ワナワナと震えるテスラだったが、またもドンッ! と大きく音をたててソファに腰を下ろした。


「ケッ! で? どうすんだ?」

()()しよう。基本的にそれでスルークまで行く。力はかなり落ちるがあたしらの霊気(オーラ)も気配も抑えられる」


 気を失っているノルトを抱くロゼルタの前で、ドーンは姿勢を一切変えずにクルリと回転した。


「儂らが力を解放せねばならぬ程の相手は人間界にそうおるものではないし問題なかろう」

「それとドーン。ひとつ気になっている事がある。あたしらは今、世界がどうなっているのか全く知らねー。祖国が、国民達がどうなっているのか気が気でない」

「儂もじゃ。誰かが代わりに治めているのか、生き残りはいるのか」


 ドーンは空中で逆さになり胡座をかく。彼女の長い黒髪が滝の様に床へと垂れる。


「二手に別れるか。人間界の様子を見つつノルトを守りスルークを目指すパーティと、魔界を調べつつ向かうパーティに」


 ドーンが顔の横で人差し指を立てるとロゼルタは少し考え込む様に唸った。


「確かにあたしらの内、2人でも揃ってりゃあガキのお守りにゃ十分過ぎる筈だが……さっきのネルソ様の言葉を思うと一抹の不安は残るな」

「確かにな。じゃがもうひとつ、儂にはやりたい事がある」

「と言うと?」

「我が魔王ランティエ様が所持していたアイテム。あれの行方が気掛かりじゃ。呪われておるが、膨大な力を持っているのでリドの一派に渡したくない。見つけ出して保護しておきたいのじゃ」


 そんな話は初耳だったが、そういった話は魔界に限らず、特に珍しいものではない。伝説の剣や古の秘宝などの類いだ。


「分かった。じゃあお前の言う通りにしよう。スルークの手前のラクニール、もしくはもう少し手前で合流するとしようか」


 ロゼルタとドーンの会話を面倒臭そうに聞いていたテスラが頭の後ろに手をやり、2人に顔だけを向ける。


「で、どう分けるんだ? 言っとくが俺はそのガキと共に故郷のスルークに向かわせて貰うぜ」

「別に構わないが、ネルソ様が『ノルトは絶対に守れ』と仰っていた以上、それにはあたしかドーンがついて行かねーとな。テメーが余計な事態を招いてこの子を危険な目に遭わせねー様に」

「どういう意味だコラァ!」


 立ち上がって憤慨するが、ロゼルタは相手にしない。


「ドーンはファトランテに用事があるってんだからノルトを連れてスルークを目指すのはあたしとテスラ、魔界へはドーンとマクルルだ」


 マクルルは黙って頷いた。

 その彼の肩にドーンがちょこんと座る。


「この館から出ると地上のどの辺りに出るのか分からないが、儂らを逃す為にあった館だとすればスルークの近くって事はないじゃろう。ここを出た後、近い順に魔界を回るとしよう」

「わかった。後は連絡だな。緊急時以外は魔族特有の念話ではなく、人間が使う『交信の指輪』を使おう」


 ロゼルタの言葉にドーンがパチンと指を鳴らす。


「リドに気づかれない為か、よかろう。ならまずは近くの町に行き、魔道具屋へ寄ろうか」

「ま、町へ!?」


 急に驚いた声を上げたのは彼ら4人ではなく、先程まで気を失っていたノルトだった。


 ずっと彼を抱いていたロゼルタが「お前、いつから起きてたんだ」と驚いた。


「起きたのは今なんですけど話はずっと聞こえていました」

「そうか。なら話は早い。あたしらは町へ向かい、その足でスルークへ向かう。勿論お前もだ」


 ピシャリと有無を言わさぬ迫力でロゼルタが言い切った。


「は、はい。大丈夫……」


 目を伏せがちに言うとロゼルタの顔付きが少し穏やかになる。


「町が嫌なのか?」

「……」

「上半身裸の上、かなりの衰弱状態でこんな所に来たお前だ。何かあって逃げてきたんだろうと思っていたが……町が()えーか?」


 瞬間、あの嫌な顔の使用人達に囲まれ、頭上から怒鳴られ、殴られる光景がフラッシュバックする。


 小さく唸り、額から汗を垂らすが、「大丈夫、大丈夫です。行きましょう」と喉まで出かかった『行きたくない』という言葉を飲み込んだ。


(大丈夫、誰とも会わないさ……魔道具屋に行って、その後すぐ出て行くだけなんだから)


 ロゼルタを見つめ返す目が少しウロウロと揺れ動く。


 心の内を見透かす様にノルトを真正面から見返していたロゼルタの顔の前に突然、ドーンが逆さまの状態で顔を挟んで来た。


「お前達、一体いつまで見つめ合っているのじゃ。告白でもするのか?」


 言われて我に返ったロゼルタが慌てて手を離すとバランスを失ったノルトが床に頭をぶつけた。


「あたっ」

「あ、()りぃノルト、大丈夫か……テメーが急に変な事を言うからだ、ドーン!」

「ククク。可愛いのう、お前ら」


 ニヤリと笑うとまた気持ち良さそうに宙を舞いだした。




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