014.出発前夜
『ノルト……また会えて嬉しいわ。もう離れちゃ嫌よ?』
『お、お嬢様……』
1つのベッドに横たわり、勝気なアンナが愛の告白とも取れる言葉を吐く。勿論ノルトの顔は朱に染まり、心臓はドッドッドッとその動きを早めていく。
『ねえ、私を守ってくれるのよね?』
『は、はい。それは絶対に。命に変えてもお守り致します』
『じゃあ、誓いの……キス、して?』
『……ほあ?』
『キスしてよ、ノルト。誰もいないわ』
アンナは目を閉じ、その紅く柔らかそうな唇を少し突き出した。ノルトがほんの少し唇を突き出せばくっついてしまう程の距離。
だが当然そんな経験の無いノルトはこんな時にどうしてよいか分からず、とにかく両腕を出して抱き締めた。
『あん、ノルト……側にいて……大、好き……』
『お、お嬢様!』
こんな幸せはかつて感じた事がなかった。
何の為に生まれてきたのかと問う毎日だった。誰かに必要とされる事がこんなにも嬉しい事だと初めて知った。
◆◇◆◇
「お嬢様ぁぁ!」
その声に自分で驚き、目が覚めた。
辺りは暗い。
アンナを抱いた腕の感触はまだ残っている。
(あれ……夢?)
(確か宿で一泊、部屋が足りなくて僕とお嬢様、サラさんが同じ部屋で)
(ベッドが1つしかなかったから僕は床で寝てた筈)
だがその感触から、どうやらここはベッドの上だ。
あの山中の館のベッド程の寝心地では無かったがそれでもノルトには立派過ぎると感じるものだった。
意識が徐々に覚醒してくるにつれ、自分が何か温かく、柔らかいものを強く抱き締めている事に気付く。
サーサランの香水の優しい匂いが鼻の中を埋め尽くしている。
(ま、まさか……お、お嬢……)
そう思った瞬間、
「う、うぅん……ノルト……ダメ……」
耳元で妙に艶かしい声が聞こえた。
それは明らかに女性、いや間違いなくアンナの声だった。
(待って……どどど、どういう状況?)
自問するものの、それは明らかだった。
ノルトがアンナに抱き着いているのだ。
アンナやドーンから抱きつかれた事はあったが自分から女性を抱き締めた事など未だかつて、ない。
念の為、恐る恐る目だけを動かして自分の顔の横を確認する。
案の定、そこには幸せそうな寝顔のアンナがいた。
(こ、これは……バレたら、命が無い気がする)
「ノルト……ふぁ……」
「うっ」
そのあまりの抱き心地の良さと幸福感でノルトの魂は肉体から離脱する寸前だった。
体を離さなければと思いながら、離したくないという葛藤にかられる。そんな事を思ったのも初めてのことだった。
何とか自制し、ゆっくりと腕を離す。
「離さ、ないで……」
「えっ?」
驚いてアンナの顔を見るが、変わらずスヤスヤと眠っている。
(寝言か……)
アンナを起こさない様に慎重に体を反転させ、ようやくひとつ安堵のため息をついた。
が、そこにあったのは薄いシャツ1枚のみで隔てられた女性の胸だった。
(な……な……なぁ!?)
少し顔を上げるとそれがサラである事がわかる。
2人の美少女に至近距離で囲まれ、鼓動はドドドドドと津波の様な勢いで高鳴っていき、目は血走ってもはや寝るどころではなくなった。
(ダメだ。し、心臓に悪い。床に降りよう)
そう思い、そろっと上半身を起こそうとした瞬間、サラの腕が伸び、
「うぅん……ふかふか……」
そんな寝言を言いながら腕と足でノルトとアンナを纏めて抱き締めた。
必然、ノルトの顔はサラの胸に沈み、背中にはドーンよりももう少しふくよかなアンナの体がまたも密着した。
「う、う~~ん……」
ひと唸りしたノルトはそのまま意識を失ってしまった。
サラとアンナの2人は笑顔で幸せそうに、ノルトは眉を寄せ、うなされながらも今までの人生で渇ききった心が少しずつ潤っていくのを無意識に感じながら、やがて3人は揃って朝を迎えた。