013.アンナとノルトの覚悟
「まあそんなこんなで……リド達に心底愛想を尽かした私は彼らには何も告げず、勝手にパーティを抜け出し、そこから放浪の旅に出、現在に至ります」
またもリドの鬼畜の所業を聞いたノルトは唇を噛み、顔を顰めていた。アンナも学校では聞かされなかった真実に驚きを隠せず、呆然とする。リド=マルストといえば世界を救った英雄と教えられて来たのだ。
「しかし、何でお前はそんなに詳しく知っているんだ? あの場に居なかったと思ったが」
全てを語り終えたサラに向かってロゼルタが不思議そうに聞く。サラは澄ました顔で、
「エキドナ様の美貌の噂は知れ渡っていましたから、あのフニャチンヤローは絶対尻尾を見せる筈と踏み、隠れて一部始終を見ていたからです」
「隠れて、だと? 待てよひょっとして……あの時あたしを拘束から逃がしてくれた……」
何かに気付いたロゼルタが驚きの表情を見せた。サラはニコリと笑い、
「はい。あの魔法の矢は私です」
と言った。
まさか自分の命の恩人が敵である英雄パーティの1人だとは思いもしなかった。
しかも先程はその相手に殺すとまで脅していた。ロゼルタは感謝したいのと謝罪したいのとで顔を赤らめ、頭を抱えて俯いてしまった。
「あたしは恩人に対して何て事を……悪かった。さっきの事は許してくれ」
頭を掻きながら深々と下げた。その様子にサラは慌てて手を振り、
「全然全然! 顔を上げて下さい、ロゼルタさん。私がリドのパーティにいたのは事実なんですから、あんな酷い目に遭ったロゼルタさんが一瞬で頭に血が昇るのは当然です。悪いのはあのボケナスです!」
「本当にすまない。そして改めて礼を言いたい。有難う。お前のお陰であのヤローに犯られずに済んだ」
「いえそれも、結果的に命は救えませんでしたし……エキドナ様も隕石乱弾の威力が凄すぎて手出し出来ず、結局救えませんでしたし……ただただ自分の無力さを痛感するばかり」
「そんな事は無い。お前は出来るだけの事をしてくれた」
感謝しきりのロゼルタだった。
じっと黙って聞いていたテスラだったが、ふと思い付いた様に「そういや」と口を挟む。
「今日もノルトがヤバかった時、魔法の矢が飛んできたが、ひょっとしてあれもか?」
それを聞いたロゼルタがギョッとした顔付きに変わる。
サラはまた朗らかに笑うと、
「ええ。私です。実は先日出逢ったノルトさんのことが忘れられず……いえ変な意味ではなく」
最後はアンナに向かって言った。
隠れて話を聞いていた為、アンナがノルトに気があるのを知っていたからだ。
「そ、そんなの私は、別に」
周囲は皆、何を今更、と言いたげな顔をするが特に何も言わない。
「さっきのノルトさんとアンナさんの話を聞いてノルトさんがあの日道端で酷い姿で倒れていた理由が分かりました。どこにも悪い奴は居るもんですね」
眉を寄せ、少し顔を伏せ気味にしてノルトの顔を見る。
「気の毒に……で、お一人になりたそうだったのですぐには追いかけなかったんですが、治癒で消えないノルトさんの4つの痣が気になり、やはり探しに行こうと思い立った所で皆さんを魔道具屋の近くで見つけたのでそこから気配を消して尾けていました」
「儂等はともかく、マクルルに悟らせないとは大したものじゃ」
ドーンが感心した様に言う。
そのマクルル、実はあの時何者かが尾行している事に気付いていた。だが敵意が無く、むしろ見守る様な素振りを見せていた為、特に何も言わなかっただけだった。
「皆さんと同じく私も魔物の気配に気付き、別の道を通って現場へ向かいました。外で大きな合成魔物が暴れていましたがもう1匹、強い気配を持つ個体がどこかに居る事に気付き、探っていたのです」
「成る程、そのお陰でノルトも助けられたって訳じゃな」
「ノルトだけじゃねー。あたしらもだ。ネルソ様にノルトを絶対に守れと言われたあたし達が守りきれなかったんだからな」
「確かに。その通りじゃ」
ドーンが納得した所でサラが「そんな事は気にしなくて大丈夫です」と早口で言う。それよりも聞きたい事が彼女にはあったのだ。
「さあ! ようやくさっきの話の続きですね。皆さんの目的は何か? どこへ行こうとしているのか? 教えて貰えませんか?」
「知ってどうする」
テスラがぶっきらぼうに言う。
「勿論! 場合によっては是非そのパーティに加えて頂きたいと思っています」
「だってよ、ロゼルタ」
ロゼルタは腕を組み、何かを考えていたがやがてサラの目を見て口を開いた。
「分かった。但し聞いてからやっぱりやめた、は無いと思ってくれ。たとえ命の恩人でもだ」
「分かりました。気合い入れて聞かせていただきます!」
「あたし達はこれからスルークの魔王城に出向き、そこで偉そうに踏ん反り返っているリド=マルストを殺す。目的は魔王、魔界の復活だ」
そう言い放つと真正面からサラの目を見つめた。
「成る程。思っていた通りです。ここで会えて良かった。あのフニャチン性欲ヤローは生きていていい奴ではありません。が、残念ながら私1人では歯が立たない」
「という事はあたしらの仲間になる、という事でいいんだな?」
「勿論。是非よろしくお願いします。精霊魔法と弓位しかお役に立てないですが」
「ちょ、ちょっとちょっと!」
高まる緊張感の中、上手く纏まったかに見えた話し合いにアンナが慌てて待ったをかけた。
「なんだ?」
「なんだじゃないわよ。私は?」
「お前はダメだ。さっきも言ったがお前を守れない。その分、ノルトが危険に晒される」
「自分の身は自分で守るわ!」
「あのヤローに犯されてもいいのか?」
ロゼルタに言われ、グッと言葉に詰まる。
そう言われて犯されてもいいと答える者などいない。
これはロゼルタのズルい諦めさせ方だ。
「リドやマッカが鬼畜だって事は嫌って程わかったろ? あたしらと一緒にいるって事は常にその危険があるって事だ。お前は弱くて可愛い。あいつらにとっちゃー美味しい餌でしかねえ」
「クッ……」
さすがのアンナも答えに詰まる。だがノルトの心配そうな顔を見て何かを決意した。
「い、嫌よそんなの! 当たり前じゃない!」
「じゃあ諦めな」
「それも嫌。強くなればいいんでしょ。努力するわ!」
ドーンがクククと笑う。どうやら彼女はアンナを気に入ったようだ。
「お嬢様は」
それまでずっと黙っていたノルトがようやく口を挟む。少し俯き加減ではあるものの、その目は決意に溢れていた。
「僕が守ります!」
これには面食らうロゼルタだった。真っ直ぐにロゼルタの目を見る少年のあまりの純粋さに心を動かされる。
「ノルト……」
ただのひ弱な少年と思っていたノルトの思いがけないその言葉にアンナの顔がみるみる赤く染まっていく。
ロゼルタはまたも頭をポリポリと掻き、観念した様に言った。
「チッ。なんてこった。ピクニックじゃねーんだぞ……まさかこんな事になっちまうとは」
「ククク。良いではないか。漢たるもの惚れた女の1人や2人守れん様では困る。ましてや今、ノルトの中には4人の魔王がおるのじゃ」
テスラは腕を頭の後ろで組み、少し悪戯っ子の様な笑みを浮かべた。
「俺はどっちだっていいぜ。面倒は増えそうな気はするが、その代わりそこのハーフエルフも増えたんだから手伝ってくれるだろ」
「勿論です。アンナさんからは何か私に近いモノも感じますし。微力ながら死力を尽くしますよ!」
サラが手を合わせて嬉しそうに言う。
「あークソッ、面倒な事になっちまったが、仕方ねえ。じゃあサラと……えっとアンナだったか? お前達はこれからあたし達の仲間だ」
「よろしくお願いします」
「よろしく、ですわ」
挨拶もそこそこにアンナはホッとした顔付きのノルトの顔を見て嬉しそうに笑った。