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手紙 2

君がいなくなってからもう十年。


 ポタポタと水滴が落ちる音がする。

 その水滴は止まることなく、むしろ量を増していく。


 懐かしい君の字が、濡れて滲んでしまうからどうにかしないといけないのに。


 僕は涙を止めることも、手紙から目をそらすこともできない。


 あぁ、僕は君の目にはそう映っていたんだね。


 本当は、荷物をわざと置いていっていたんだ。そうすれば仕事の最中でも君の顔が見れるから。君は人に好かれるから、僕の職場にもすぐに馴染んで、皆と仲良くなっていたよね。そのせいで僕と話す時間が減ってしまったのは少し残念だったな。


 薔薇の花束は、観劇の話をする君の目がとてもキラキラしていたから、喜んでもらいたかったんだ。君は少し呆れていたけど、ちゃんと花瓶に挿して飾っていてくれてたのを知っているよ。


 子どもの話は仕方ないだろ。あの時は、君が、赤ちゃんができたみたいなの、っていきなり言ったんだよ。嬉しくて思わず抱きついてしまったから、勘違いだって気づいた時は恥ずかしかったな。でも君にも責任があると思うよ?君は自分で気づいていないけど、話をする時によく主語が抜けるんだ。

 君が家族についてそう考えているなんて知らなかったな。だけど、僕は君といられるのなら、子どもがいてもいなくてもどっちでも良かったんだ。もちろん、僕たちの子ができたら嬉しいけどね。


 僕も幸せだったよ。ずっと一緒にいたかった。


 だから、そんなことを言わないでよ。


 君がいなくなってから、僕だって頑張ったんだよ。君が育てていた花を枯らさないようにお世話してるし、君ほど上手くできないけど、料理だって作ってるんだ。家だって、君が毎日掃除することが大事なのよって言ってたから、とっても綺麗なんだよ。君が日当たりが良いって気に入ってた部屋も、君とよく星を見ていたベランダも、全部、あの頃のまま――。


 忘れたくない。


 君の姿を、声を、体温を、全部、覚えていたいのに。


 いつの間にか、君の手の温もりが、僕を呼ぶ声が、笑顔が、僕の中から薄れていく。


 君のいない世界で、どうして僕だけが生きているんだろう。なんで、君と一緒にいけなかったんだろう。

 君のもとへ行きたいのに、君を想うといけなくて。君がいないと寂しくて、もう声が聞けないと思うと悲しくて。


 君のためにも前を向かなきゃって、わかってるんだ。


 君はいつだって僕の背中を押してくれた。この手紙だって、一人になった僕のために残してくれたんだろう?


 君は人のことを誰よりも思いやれる人だったから。


 だけど、ごめんね。


 君のお願いは聞けないや。

 僕だって、君が自分のことよりも人のことを優先しちゃうことも、本当は寂しがり屋なことも知ってるんだ。


 それに、君だけが持っていくなんて、ずるいと思わないかい?

 僕も、君がいてくれたから幸せだったんだ。君との思い出があれば、また前を向いていけると思うから。君の手紙が、そうさせてくれたから。


 もし、僕の幸せを祈ってくれるなら、待っていてほしい。明日か、何十年後か、どれだけ先になるかわからないけれど、僕なりに精一杯生きるから。


 最愛の人に、君に、胸を張って生きたと言えるように頑張るから。それまでは、どうか、僕を見守っていてほしい。



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