第一章 ストリート・ファイティング・キッズ 2
「やめろよ、卑怯だぞ!」
突然、男子の怒鳴り声がした。
「馬鹿野郎、卑怯者はてめえだろうが」「ざけんなよ、言い懸かりをつけんじゃねえ」
「二分だ。二分で倒す!」
パイプ椅子が薙ぎ倒された。甲高い音。パンチが顔面を捕えた。飼育されている闘犬の仲間が勢いをつけて集まってきた。
子供達の全力を懸けた騒動が始まった。リングサイドで殴る蹴るの暴行を受けている男子が冴紀をガン見した。金髪メッシュの前髪が、目の前で揺れて視線を隠した。負けているくせに、口元に苦笑が浮かぶ。
二歳年上の防人翔斗だ。生まれた時から一緒みたいな口を叩きながらいつも近付いてくる。
〈カッコつけて、余計なお世話だよ〉
ライオットの足が止まる。ガードしていた冴紀の腕から力が抜けた。背中を丸めて冴紀は急所を隠していた。強張っていた筋肉を弛緩させた。攻撃は暫く襲ってこない。冴紀は身体を起こした。
「やめろ、何をしている」
ケンカを止めようとした。リングの端にライオットが駆け寄った。
怒鳴り散らしたライオットに隙ができた。考えるよりも先に身体が動いた。飛び起きると、冴紀は一直線にライオットに向かって突進した。
「うわぁぁぁ」
全身を震わせて冴紀は雄叫びを上げた。驚いたライオットが振り返る。無防備になったライオットの鳩尾に、頭から突っ込んだ。不意を突かれてライオットが尻餅を搗いた。
「くそっ」怖い顔で、ライオットが冴紀を睨んだ。見下ろす冴紀を見ながら、ライオットが相好を崩した。
「それでいい。やればできるじゃないか」
負け惜しみだ。日頃の訓練で指摘されている欠点を補正したに過ぎない。甘く見るからいけないのだ。
〈不意を打たれたライオットが間抜けなだけだ〉
リングを降りた。携帯電話が振動した。携帯電話を取り出して冴紀は画面を開いた。周りに気付かれないようにして、表示された情報を覗く。〝三分五十三秒〟ぜんぜんダメだ。翔斗のおせっかいが無ければ、もっと時間が掛かった。
冴紀は鼻水を啜った。頬に残った涙を指の背で拭い、首を横に振る。
自虐的に笑って誤魔化した。
駆け寄ってきた翔斗に、冴紀は背中を叩かれた。
「なんだよ。王子様からのメールか? 救い出しに来てくれるのか」
「まさか。ありえないわ。バカみたい」
笑った後で、翔斗が真面目な顔をする。
「救いなんてないからな。こんな生活じゃ」
自分の言葉に満足したのか、翔斗が口角を上げた。冴紀を残して走り出した。
急に立ち止まる。ポケットから携帯電話を取り出して、翔斗が画面を覗いた。苦笑して、頭を振った。