窓割りゲーム
「じゃあ、窓割りゲームの説明をするね。淡島君と私のどちらかが、このグローブをつけた状態で、この部室の窓ガラスを思いっきりパンチをする。もし窓ガラスが割れなかったら、違う人がパンチして、最終的に窓ガラスを割ることができたら、勝ちってゲーム。
先攻は淡島君からでいいよ。あっ、それとこのゲームは危ないから、このフルフェイスのヘルメットを被って、服はそこにある服で、厚着にしてね。」
僕は鈴音先輩から聞いたルールを理解し、部室の机に置かれた厚めのジャンパーとズボンを着た。窓の外を見ると、工事現場であるようなカラーコーンとポールが窓の周りを囲んでいた。割れた窓ガラスが外の人間に当たらない配慮だろう。
「僕からいっていいですか?」
「どうぞ。」
僕はヘルメットを被り、グローブを付けた。グローブはだいぶ厚みがあって、外側から触っても、手の形が分からない程だった。窓ガラスを割るくらいなら、先攻の方が有利だと思ったが、そんなことはないようだった。
鈴音先輩は、窓ガラスから離れて、部室の扉の近くに立った。それを確認して、僕も掛け声を上げた。
「いきまーす。」
僕は拳を構え、利き手である右手を振り抜いた。
ドーン! ピキッ
僕の拳は窓ガラスの中心を捉えたが、窓ガラスは鈍い音をたて、ほんの少しひびが入った程度だった。
「残念。ひびが入っただけじゃ、勝ちじゃないからね。拳が貫通するくらいの穴が開かないと、ダメだよ。
じゃあ、交代。」
僕はこのゲームの衣装を脱ぎ、先輩に渡した。
「思ったんだけど、男の淡島君でも割れなかったんだから、非力な私に割れるわけないと思うのよ。
だから、私はこの金づちを使って、ゲームをしていいかな。」
先輩は部室に置いてあった金づちを拾い上げて、僕に提案してきた。
「そうですね。僕も勝つつもりで、本気で殴ったんですけど、ダメだったんで、先輩にはそのくらいのハンデがいるかもしれませんね。どうぞ、金づちを使ってください。」
「ありがとう。もし、私が窓ガラス割れなかったら、次、淡島君も金づち使っていいよ。」
先輩はそういうと、ジャンパーとズボンを着て、ヘルメットとグローブを身に着けた。そして、金づちを持ち、窓ガラスの前に立った。僕は扉の近くに避難していた。
「いきまーす。」
先輩は金づちを思いっきり窓ガラスに叩きつけた。
パリーン。
先輩は見事に窓ガラスを割った。窓ガラスには蜘蛛の巣状の大きな穴が開いていた。
「やったー!」
パリーン。
先輩は喜びのあまり、割ったガラスの隣のガラスにヘルメットの頭で、頭突きをし、窓ガラスを割った。
「残りも割れちゃえ~。」
パリン、パリン、パリーン。
先輩は金づちで、残ったガラスを割っていった。
「おめでとうございます。負けました。先輩の勝ちです。」
僕は先輩に拍手をしながら近づいていった。
「ありがとう。」
先輩は防護用の服を脱いで、金づちを僕に押し付けてきた。
「これあげる。ナイスゲームだったよ。淡島君。」
僕は差し出してきた金づちを先輩の方に押し返した。
「いえ、このゲームの勝者は先輩です。これは先輩が持っておくべきです。」
先輩は負けじと金づちを僕の方に押し返す。
「いいや、勝者の私がこの金づちをあげるって言ってるの。女子があげるものは、風邪でももらえ。親に教わらなかった?」
僕もより力を入れて、押し返す。すると、窓の外の遠くの方から声が聞こえた。
「なんか窓ガラスが割れる音がしたけど、どこからだ。」
体育教師の剛田先生の声だ。怒るととても厄介だ。
「先輩、早く受け取ってください。先輩が割ったんでしょう。」
「言ってなかったけど、このゲームの敗者は勝者の責任を肩代わりするルールがあるの。だから、早く受け取って。」
「そんな後付けのルール知りませんよ。このままじゃ、二人とも怒られちゃいますよ。」
「なら、君だけが怒られてよ。私は逃げるから。」
僕と鈴音先輩は、交互に言い合いながら、金づちを押し付け合った。そうしていると、部室の扉が開いた。
「こんにちはー。掃除当番で遅くなっちゃいましたー。」
部室に入ってきたのは、玲奈だった。僕たち二人は、金づちを押し付ける手を止めた。
「玲奈ちゃん。ちょうどいい所に来たわね。確か前に金づち欲しいとか言ってなかったけ。いや、言ってたよね。淡島君?」
「言ってた、言ってた。」
「だから、この金づちあげるね。私達ちょっと部室離れるから、玲奈ちゃんはお留守番しといてね。」
先輩は金づちを玲奈に押し付け、部室を出て行った。
「えっ、そんなこと言ったことない……。金づち別に欲しくない……。」
玲奈は途切れ途切れに言葉をつないでいた。なんだか玲奈は可哀そうだが、僕は先輩に続いて、部室を逃げるように出て行った。走り去っていく部室から剛田の怒号が微かに聞こえた。僕はその後、部室でどんなことが起こったか分からない。
だが、次の日、玲奈は学校を停学になっていた。