王子とバレてはいけない天才少年 2
王宮に着いた二人の姿をすれ違う人全てが振り返り、しばし見つめる。
美しく可憐な白いドレス姿の聖女と、まだ幼いながらも凜とした印象で聖騎士の服を着こなす少年。
まるで、物語の中から抜け出してきたような二人。
「目立っているよね……」
「第一王子アーサー・ロイエンス殿下……。自らお出迎えとは、恐悦至極に存じます」
「そういう挨拶も出来たんだ……」
「学園の中とは違いますから」
「そう、少し残念だな」
待ち構えていたように二人を出迎えたのは、死んだ魚の目をした少年だ。
第一王子アーサー・ロイエンス。
王族を前にしても膝をつく必要がない聖女ファリーナの前で、ガスールは膝をついて頭を下げる。
「先日の騒ぎを収束させたこと、僕からも褒美を与える」
「は、ありがたき幸せ」
「とりあえず立ち上がるように……」
「は……」
黙って立ち上がったガスールを満足げに眺めたアーサーは、そのまったく光を反射しない双眸を細めた。
「――――僕の学友として、公の場でも名で呼ぶことを許す」
周囲のざわめき。
それもそのはず。聖騎士の服装を身につけていようと、聖女ファリーナが保護者を名乗っていようと、今のガスールは貧民街出身の平民だ。
傭兵をしていようと、ファントン伯爵家の出身で貴族籍を持っていたかつてのガスールとは立ち位置が違う。
「……そ、それは」
「うん? 栄誉を受けないというの?」
にっこり笑っているが、そこにはすでに王者の風格を感じさせる。
彼に逆らうことができるものなど、いないに違いない……。そう感じさせられるほどだ。
「世界の命運を左右する王……」
「その呼び名、好きじゃない。僕の王国への忠誠心と、王位継承者としての努力が、結果的に世界の命運を左右する可能性はあるにしても。そうだろう? 大聖女を守る神託の騎士」
「……そうですね。確かに、神託があるからお嬢様をお守りするわけではないですね」
「……君なら分かってくれると思った」
その時、周囲のざわめきが水を打ったかのように静まり返る。
王者の貫禄、ガスールは落ち着いた様子でもう一度膝をつく。
「そうか。息子の友人になってくれるのか……。ガスール君。どうか、息子をよろしく頼むよ。素直じゃないから、こんな言い方しか出来ないようだが、学校から帰ってから君の話ばかりだったんだ」
「ち……父上!?」
少しだけ頬に朱が刺したようなアーサーからは、子どもらしさが感じられる。
その様子を見つめていた国王陛下は、どこか嬉しそうに口元を緩めた。
「ぜひ、アーサーと呼んでやってくれ」
「は、承りました。学友として身命を賭し、アーサー様をお守り致します」
「君も息子に負けないくらい、子どもらしくないね……」
膝をついたままのガスール。
これは、お願いのように聞こえるが実質命令だ。そして、同時に周囲に有無を言わさないため配慮した言葉でもある。
「息子のそばで、学友として守ることを命じられたに他ならないが、俺への配慮も感じられる。ふむ……。変わらないな」
小さく口元でつぶやいた言葉。
それは、かつて救い出した、まだ国王になる前の友人へ贈る賞賛の言葉に他ならないのだった。