王子とバレてはいけない天才少年 1
***
それから数日は、平和に過ぎていった。
しかし、ガスールは目立ちすぎた。
本人にとっては、実力の1割も出していないつもりでも。
「ガスール、国王陛下から手紙が来ているのだけれど……。いったいなぜ」
「……なぜでしょうね?」
バレたのだろうか。
心の中をよぎったのは、そんな思いだ。
国王陛下とかつてのガスールは付き合いが長い。
「魔力暴走、魔力属性、神託の騎士……。そして」
思い当たることは多すぎて、どれで呼び出されたのか見当がつかない。
本人に聞くしかないのだと、ガスールは腹をくくることにした。
「ガスール?」
目の前にいるファリーナは、不思議そうに首を傾げた。
誰よりも強い光魔法の力をもつにもかかわらず、どこまでも純真な彼女は、人を疑うことが苦手だ。
そうでなければ、いくらかつての知り合いと同じ名前だからといって、得体の知れない少年をそばにおいたりしないだろう。
――――だからこそ、神に愛される聖女なのかもしれないが……。
「お嬢様、今回は一人で行ってきますから」
「え!? どうして? 私はガスールの保護者なのに」
ガスールとしては、こんなに幼い体なのだとしても、ファリーナの保護者でいるつもりだ。
どんな方法を使おうと、どんな目に遭おうと、必ず守り抜くと決めた存在だ。
「不確定要素が多すぎるので」
「……確かに。でも今さらだわ」
「え? それはどういう……」
「……でも、どちらにしてもダメよ。だって、そこに書いてあるじゃない」
ガスールは、手紙を最後まで読まずに思考の海に沈んでしまっていたことに、今さらながら気がつく。
最後の一文には、直筆のサインとともにこう書かれていた。
『保護者同伴』
ガスールの保護者は、現在ファリーナということになっている。
いくら、中身は老兵でこちらが保護者なのだと言ったところで、この見た目では誰も信じないだろう。
「――――えっと」
「保護者同伴……。今度はいったい何をしたの?」
「あの、思い当たる節が多すぎてですね」
「そうよね……。今さら驚かないわ。それにしても、時間がないわね」
手紙には、面会時間は今日の午後一時と記載されている。
今から着替えなどの準備をして、ギリギリといったところだ。
「それから、一緒にこの箱が送られてきているわ」
「――――なんでしょう」
嫌な予感しかない。
だが、国王陛下から賜った品だ。開けないわけにもいくまい。
「…………なるほど」
「な、なにが? えっ? 聖騎士の正装……」
箱の中には、聖騎士の正装が一式収められていた。
つまり、今回の案件は、大聖女を守る神託の騎士に関することなのだろう。
「お嬢様、時間がないようですので、準備しましょうか」
「そ、そうね! 保護者同伴って書いてあったものね! この服、着るのが難しそうだけれど、手伝った方がいい?」
「……問題ありません」
「そうよね。ガスールだものね。この服装に合わせるなら、私も正装がいいみたい。保護者らしく、装ってくるわ!!」
前回の人生でも、今回の人生でも、物心ついた頃から一人生き延びてきたガスールには、保護者という存在はいなかったのだが。
目の前にいる少女には、まだ幼さが残っているというのに……。
「……可愛らしい保護者もいたものだ」
「え? 何か言った?」
「いいえ。それでは、後ほど」
箱を抱えたガスールは、自室へと向かい、手慣れた様子で衣装を身につけていく。
一人で着るには複雑な装飾だが、騎士団長を務めていたガスールにとっては造作もない。
しかも、潜入捜査を得意としていたガスールは、各国の衣装に精通している。
「ふむ、こんなものか」
幼い容姿に聖騎士の正装は、可愛らしく不思議なほど魅力的だ。
少年が王国の精鋭中の精鋭、聖騎士の服装をしている。
そんな違和感すら、少年の美貌の前にはかすんでしまうのだろう。
おそらく、すれ違った人全員が振り返る。本人に自覚はないが……。
しばらくして、玄関に向かうと、そこには聖女の正装に身を包んだファリーナがいた。
少しだけ物憂げに窓の外を眺めていた彼女は、振り返ってガスールの姿を視界に収めるやいなや、大輪の花のように微笑んだ。
「…………とても似合うわ。この制服、ガスールのために作られたのかしら、というくらい」
「憧れの聖騎士様の制服を着ることになるなんて思ってもみなかったです!」
それは、どちらかと言えば闇側の人間だったはずのガスールの本音だ。
生き残るために過ごしてきた日常は、聖騎士とはほど遠い……。
「……ねえ、今ならまだ引き返せるのではなくて? やっぱり、神託の騎士なんて危険だわ」
「お嬢様、僕はたとえおそばにいられなくても、影ながらお守りするでしょう。あなたのことを生涯。……ですから、この制服を身につけようが身につけまいが、危険度は変わりませんよ」
「――――しょ、生涯!?」
わかりやすく赤くなってしまったファリーナ。
しかし、背を向けて歩き出してしまったガスールが、そのことに気がつくことはないのだった。
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