魔術の深淵と天才少年 3
「ところで、どうしてこの式を当てはめたんだ?」
火と氷魔法を同時に発動するための術式には、風と土属性の魔術式が組み込まれていた。
通常であれば、魔力は純粋であるほど強い。
その常識を覆すような、奇想天外な術式。
スラスラと書き出された魔術式は、とても初等部に入りたての少女が書き上げたようには見えない。
そう、この少女にこそ、天才という言葉がよく似合うのだろう。
「……火と氷が同時に存在できないなんておかしいですよね? だって、自然界には一緒に存在しているのですもの」
「つまり、自然を再現した、と?」
「でも、実験したくても四属性全て持っている人なんて、聞いたことがありません」
「…………」
ここにいる。喉から出かかった言葉を、ガスールはかろうじて呑み込んだ。
四属性持っているなんてバレたなら、すぐに王宮からお呼びが掛かってしまうだろう。
しかもガスールは、光属性はないものの、伝説くらいにしかお目見えできない闇属性まで適性があるのだ。
「……まあ、ここの値をもう少し高めに設定したら、成功に近づきそうだな?」
「えっ、あ! 本当ですね!!」
満面の笑顔を見せたフローラリアは、可愛らしい。
「……ふむ。そうやって笑っている方が、断然可愛らしいぞ?」
幼い少女は、笑顔で過ごすほうがいいに決まっている。
ガスールは、ひととき自分の見た目の年齢も忘れ、そんなことを告げる。
「えっ……!?」
それなのに、フローラリアは逆に顔を赤らめて、完全に下を向いてしまった。
「……?」
その時、後から声がした。
「ガスール?」
その声は、いつもの慈愛に満ちた声音とどこか違う。
肩をふるわせて後ろを振り返ると、そこには聖女の慈愛そのもののような笑みを浮かべたファリーナがいた。
「お嬢様?」
「迎えに来たのだけれど、楽しそうでなによりだわ」
ファリーナは、笑顔だ。
きっと、誰が見ても慈愛に満ちた表情に見えるに違いない。
彼女のことを、よく理解している人間を除いて。
「あの、お嬢様」
「帰りましょう? 少し相談したいことがあるの」
「えっと、もちろんです!」
その言葉を告げたとたんに、フワリとガスールの両足が宙に浮いた。
「ごめんなさい、お暇するわ。これからも、うちのガスールをよろしくね?」
ファリーナの視線は、完全にフローラリアに向いている。
「せ、聖女ファリーナ様!! 光魔法について、いつかご教授いただきたいです!」
「え? ……ものすごく可愛らしいわね!?」
「そ、そうですか? 聖女ファリーナ様こそ、王都の憧れです!」
「い、いい子だわ!? そうね、子どもだものね!? 遊びに来てね?」
憧れの聖女に声をかけてもらって、素直に喜ぶフローラリア。
微妙な表情のファリーナ。
先ほど、ガスールとフローラリアが、作成した魔術式に釘付けのバーランド。
抱き上げられてしまったガスール。
おそらく、今の混沌とした状況を正確に把握しているのは、大神官レザールだけなのだろう。
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