魔術の深淵と天才少年 1
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ファリーナとその母との出会いは、血と孤独が心の大半を占めていたガスールにとってかけがえのないものだ。
知ってしまった、誰かと共に生きる幸せは、自分が生き残ることを一番の優先事項にしていたガスールの人生を変えてしまった。
「どうして忘れていた?」
あの日の出来事を思い出す。
ガスールには二重の祝福がかけられていた。
「死後、英雄として語られる。そして、お嬢様の騎士。二つの祝福」
祝福は、神から与えられる。
そして、聖女は生涯に一度だけ、誰かに祝福を与えることが出来る。
「は……? 俺なんかに、大切な祝福を使ってしまった?」
だが、そうであれば理解できる。
なぜ、ガスールが前世の記憶を思い出したのかも、こうしてファリーナのそばにいるのかも。
「おい、さっきから何をブツブツと言っている? もう、バーランド殿の研究室についたぞ?」
「あ、ああ……」
二重に掛かった祝福。
確かに、かつてのガスールは、聖女を守った英雄になった。
しかし、あの時すでに二重の祝福を手にしていたのだとしたら、今のガスールには……?
突然背中を痛いほど叩かれる。
ガスールは、その衝撃でようやく目の前のことに意識を向けた。
「そうだな。そのことはあとでゆっくり確認するとしよう」
「……油断するな。実験材料にされるなよ」
「レザール様も冗談を言うことがあるんですね?」
「その変化の早さに、俺はついて行けない」
諜報活動では、早変わりを得意としていた。
準備さえあれば、女生徒にだってすぐに変わることが出来るだろう。
そして、それはフラグというものだ。
深呼吸を一つ、教師に呼び出されて、緊張しているような少年の顔。
「失礼します」
扉を開けた目の前には、期待に満ちたまなざしの、バーランドの顔があった。
「…………」
「待っていたよ! ガスールくん、さあこちらに!!」
向かい合う茶色い革張りのソファー。
間に置かれたローテーブル。
そして、そこにはガスールの演技など吹き飛ばしてしまうくらい、緊張のあまり背中を丸めてしまっている淡い水色の三つ編みに眼鏡の少女。
――――魔術の深淵か。
「久しぶりだね! よろしく」
「あ、あの……。先日は、助けていただいたそうで……。あの、あ、あ、ありがとうごじゃいましゅ!!」
盛大に噛んだ少女は、まっ赤に染まった顔を両手のひらで覆い、ますます背中を丸くした。
ガスールは、聞かなかったふりを決め込むことにする。
「……先生! 先日は、助けていただきありがとうございました!」
周囲のことなど気がついていないような無邪気な少年の仮面を被って、ガスールは少女の隣を陣取ったのだった。
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