大神官と聖女になる二人、そして傭兵 2
毎日は、穏やかに過ぎていくように見えた。
……傍目には。
今日もガスールは、ファリーナのおままごとに付き合わされていた。
聖女の護衛任務など忘れ去って、のんびり暮らしているようにしか見えないだろう。
事実、こんなにもフワフワと甘ったるい時間を過ごしたことが、今までの人生でガスールにはなかった。
「…………しかし、暗殺者の数がハンパない」
「あんさつしゃ?」
ガスールは、気の毒さを込めた視線を目の前の幼女に向けた。
母が聖女だけならまだしも、ファリーナはゆくゆく大聖女になるという祝福を受けている。
2世代で聖女なんて、聞いたこともない。
レイブラント辺境伯家は、ましてや隣国の王族の血を受け継いでいる。
「聖女とは、犠牲者……か」
「ぎせいしゃ?」
無垢な笑顔を向けるファリーナは、先日4歳になった。
毎日のように途切れない刺客。
ファリーナの母は、病に倒れていた。
ガスールも手をこまねいていたわけではなく、魔女直伝の煎じ薬を飲ませているが、おそらく、余命幾ばくもないだろう。
涙ながらに、娘の身を案ずる母の姿に、柄にもなく絆されてしまった自覚はある。
「おいおい、お嬢様の前でそんな単語」
「……それが、この子の日常になる」
「……」
おままごとの手を止めて、ガスールは、立ち上がった。
「ファリーナお嬢様? 遊ぶのは楽しいが、稽古をつけてやろうか」
「けいこ?」
それだけ言うと、ガスールは、ファリーナの目の前で、小さな氷のくさびを数え切れないほど作った。
「ほら、見ているように」
小さく手を振り上げれば、遠く離れた木、ほとんど同じ箇所にくさびが勢いよく刺さる。
おそらく、人に向けて放てば、ひとたまりもないだろう。
「おいおい、こんな幼子に教えるものではないだろう? 人に向けたらいけないんだからな?」
「…………俺の領地が焼かれたのは、この年の頃だ。父と母が守ってくれたことと、恐怖や怒りで魔力の暴発を起こさなければ、俺は生き残れなかった」
ガスールは、貴族の生まれだ。
隣国との境、レイブラント辺境伯領の隣に位置するファントン伯爵領は、地下資源により豊かだった。
しかし、隣国に攻め込まれ、今は旧レイブラント辺境伯領とともに、隣国に支配されている。
「隣国が次に狙うのは、この地だ。そして、王弟は、隣国の血を引いている」
数年前に起こった王位継承権争い、ガスールが現国王陛下を守り、結果無事に即位したが……。
「国境は、また変わった可能性がある。そして、これからも」
幼いファリーナには、会話の意味など一割も分からないだろう。
「え?」
しかし、次にファリーナの瞳を見たとき、空色の中には虹が架かっていた。
『死後英雄として語られる』
無意識に紡がれた言葉に、ガスールは動きを止めた。それは、幼い日、神殿で別室に呼び出されたガスールが告げられた祝福だ。
「……私が守ってあげる」
「……お嬢様」
「そうね、祝福は変えられないけれど、私がもう一つ祝福してあげる」
二重に祝福を受けた人間は、神話の時代にはいた。それは、初代英雄王だ。
『私は大聖女になるって。だから、ガスールを私の騎士にしてあげる!』
無邪気な笑顔でそれだけ告げるとファリーナは、ふらふらとガスールの膝によじ登り眠ってしまった。
ガスールとレザールは、青ざめたまま顔を見合わせる。
「強大な魔力……。ファリーナ様の神託を何回か見たことがあるが、今のは神託などではないぞ」
「…………」
幸せそうな寝息と、無意識にかけられた幼い聖女からの祝福。
それは、神のいたずらだったのか、それとも運命か。
「それならば、この命がなくなる日までは、守り抜かねばならないな」
ガスールは、少女を抱き上げて屋敷へと戻る。
守るべき対象を見つけてしまったことに、喜びと戸惑いを感じながら。
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