大神官と聖女になる二人、そして傭兵 1
***
大神官レザールとともに歩む少年。
知らない人間が見れば、祖父と孫に見えないこともないだろう。
だが、その割にはレザールとガスールの表情は硬い。
「……バレていると思うか?」
「うーん。と、いうよりやり直す前にそこまでの付き合いがありましたか?」
「…………」
「その沈黙。どこまで交友範囲が広いんですか」
ともに戦ったことがある。ただし、それはかつてのガスールが、まだレンブラント辺境伯領に来る前の話だ。
「魔女と共通の知り合い……」
「っ、魔女と? それって、よき魔女、の方だよな?」
「無論……。さすがに、世界を滅ぼしたりはしない」
「そうか。だが、初対面の時なら俺は信じたかもしれんな」
感慨深げにこちらを見た大神官レザールの表情には、過去を忍ぶような切なさも込められているようだ。
***
それは、ガスールが、国王陛下からの命令により、レンブラント辺境伯領を訪れた日のことだ。
「国王陛下からの命により、聖女様護衛任務に就く。ガスールだ……。単独で任務に当たるつもりだ、必要以上に俺と関わる必要はない」
目の前にいるガスールは、傭兵として数々の戦歴を持ち、国王陛下から賜った勲章は数知れないと聞いていた。
冷たい刃のような男。
確かに実力はあるのかもしれないが、信用できない……。
それが、聖女を守る聖騎士としてレンブラント辺境伯領に滞在していたレザールが、ガスールに抱いた第一印象だった。
「聖騎士レザールだ。よろしく頼む」
「ああ……」
その時、小さな花びらが風に舞うようにあらわれたひとりの少女。
その少女は、目の前に立つ厳めしい遙か年上の傭兵におびえるそぶりも見せずに抱きついた。
「っ!?」
先ほどまで、無表情だった男が明らかに狼狽するのをレザールは見た。
おそらく、子どもというものに慣れていないのだろうな。人間らしい部分もあるじゃないか。
それが、正直な感想だった。
「しんたくで見たから、まってたの!!」
「え……?」
「……」
聖女の娘として生まれたファリーナは、その素質までも受け継いだ。
そのことを知ったとき、彼女の母親は泣き崩れたという。
「民の希望、神聖なる王国の象徴、そして犠牲者」
それが聖女なのだと、ファリーナの母はあるときレザールにつぶやいた。
「私はファリーナよ! 騎士さまの名前、教えて?」
「俺は騎士では……。いや、ガスールと申します。お嬢様」
「そう! たくさん遊んでくれるって、しんたくで見たのよ? ほら!」
差し伸べられた小さな腕は、明らかに抱っこをせがんでいる。
だが、目の前の傭兵は、それが分からないようだった。
「お嬢様は、抱っこをご所望だ」
「は……? 俺に?」
信じられない、とでも言うように見開かれた金色の瞳。
それでも、全く諦めずに両腕を上げたままピョンピョン飛び跳ね「早く、早く!!」とせがむファリーナをガスールは、ヒョイッと抱き上げた。
「俺のことが、怖くないのか?」
「怖い? ガスールは、とっても優しいって、私、知っているのよ?」
「は……?」
幼女とは思えない大人びた表情で、ファリーナはガスールの両頬を挟んだ。
「さ、遊びましょう?」
戸惑いと困惑とともに始まった毎日。
レザールは、ファリーナの前に座らされて、大人しく相手になっている男の姿を呆然と眺めていた。
「は? 俺がお父さんってどういうことだ」
「ガスールがお父さんで、私がお母さん。レザールは、赤ちゃんね?」
「えっ、俺もですか!?」
その日から始まったのは、いまだかつてガスールが知らなかった、新しい毎日なのだった。
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