いつか大聖女になる少女 3
ファリーナは、馬車の窓をほんの少し開けた。
吹き込む風に、ストロベリーブロンドの髪が、キラキラ輝きながら揺れる。
「……そういえば、祝福の内容は、どうだったの?」
ガスールは、言葉に詰まりかけたが、祝福を受ければ、それは全て記録に残される。
もちろん、神殿の一部の者しか見ることが出来ないように厳重に管理されているが、聖女であるファリーナは、容易に見ることが出来る。
……嘘をついても意味がない。
「……死後、英雄になる」
「……え?」
「そ、そんな内容では、なかったのよね?」
その祝福を受けた人間は、生まれ変わって今、目の前にいる。
ファリーナの声は震えていて、こちらに顔を向けることもない。
見てしまったのだろう、ファリーナは、かつてのガスールが幼い頃に受けた祝福を……。
小さくため息をつく。
そうだ、どう考えても、かつて受けた祝福より、ずっといい。
それに、今回の祝福は、かつての、そして今のガスールの願いそのものだ。
「……大神官様に、大聖女を守る神託の騎士だと告げられました」
「……っ、そう。大聖女を守る、ね」
頬杖をついたファリーナは、それ以上言葉を発することなく、外を眺めている。
「お嬢様の祝福は、いつか大聖女になる、でしたよね」
「ええ、そうよ……」
「お嬢様は、神託の騎士についてなにかご存じなのですか?」
「知っていると言えるほどではないの。私に降りた神託が教えてくれたのは、大聖女を守る騎士が、あの日、あの場所に現れるということだけだから」
「そこで出会った僕は、神託に告げられた大聖女の騎士、そういうことですか」
ファリーナの白い手が、ひどく震えている。
ガスールは、小さな手をそっと重ねて、その大きさの違いに苦笑した。
ほとんどの人間には、負けないだろう力があっても、最盛期には遠く及ばない小さな体だ。
手が重なったとたん、びくりと震えたファリーナ。
「こちらを向いてください」
「嫌よ……。ひどい顔しているもの」
小さな体は役に立つこともある。
ガスールは、馬車の扉とファリーナの隙間に入り込み、その膝にのった。
「……僕は、大聖女の騎士になれるなんて、とっても嬉しいです!」
「この立場は危ないもの……。そんな私を守っていたら、命がいくつあっても足りないの! それでも、祝福を変えることは出来ないわ!」
涙に濡れた空色の瞳は、美しい。
まるで、あの日、血塗られた体で最期に見上げた雲ひとつない空のようだ。
「……僕は、お嬢様を残して死にません」
「え……?」
「それなら、おそばにいることを許してもらえますか?」
パチパチと瞬きを繰り返すたびに、こぼれ落ちる涙。それを小さな手でそっと拭う。
「英雄には、なれませんが……」
そう、かつての人生だって、英雄になりたかったわけではない。
ただ、命をかけるほど大切なものは世界に存在するのだ、と教えてくれた人を守りたかっただけだ。
「そうね。英雄なんかになったら許さないわ。……それに、私も今なら守る力があるはずだから」
涙に濡れた瞳が弧を描く。
だが、もうそこから涙がこぼれ落ちることはない。
きっと、ファリーナは、同じ名前であるがゆえに、二人を重ねてしまったのだろう、とガスールは諦めにも似た感傷を抱く。
「そばにいさせて下さい」
「ええ、守ってあげるから、離れないでね?」
「はい、わかりました」
何度繰り返しても、同じ選択をするのはきっと間違いない。
それでも、柔らかで壊れやすい約束を守れたなら……。
「ところで、そろそろ降りたいのですが」
「いいじゃない、もう少しだけ」
抱きしめられたガスール。
ファリーナの膝の上は、苺とバニラのような、甘い香りがした。
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