いつか大聖女になる少女 2
***
魔力が回復したのに、ファリーナが窓の外を見てぼんやりしていることにガスールは首をかしげた。
「あの、お嬢様?」
「なっ、なななな、なに!?」
慌てているファリーナは、昔からとても可愛らしいのだが、解せない。
「あの、もしかして、あまりに美味しくないものを飲ませたから、怒っていますか?」
「ちっ、違うわ! 確かに、信じられないくらい苦くて忘れられない味だったけど……」
「そうですか。では、なぜ」
「……ガスール」
「はい?」
「…………」
急に名前を呼ばれたガスール。
だが、この表情はファリーナが、言いたいことがあるのに言えないときのものだと、ガスールは知っている。
「……口にしないと、相手には伝わりませんよ」
「そんなの……。誰よりもよく知っているわ」
ファリーナが泣きそうに見えて、おもわず抱きしめて頭を撫でたいと思ったが、この体ではそれも叶わない。
「でも、そうね? 代わりに聞いてくれる? 同じ名前のあなた」
「……ええ、聞きましょう」
「八年前、私のことを命をかけて守ってくれた人がいたの」
「そう、ですか……」
これ以上聞いてはいけないと、あの時のガスールが耳を塞ごうとする。
けれど、生まれ変わってしまったガスールは、あの時のガスールであって、まだ幼い少年でもある。
「……その人のことが、好きだった」
そう言ったファリーナは、再会して以降、一番晴れやかに笑った。
ガスールは、眩しいものを見たように、金色の瞳を細める。
「お嬢様……」
「八歳の女の子が、本気で恋をしているなんて、きっとあの人は気づきもしなかったと思うわ」
「それは……」
恋人同士が思いを伝え合う祭りの日、ファリーナはガスールに求婚を意味する花冠をかぶせた。
『ガスールのお嫁さんになりたいの』
あの時、かつてのガスールはなんと答えたのだったか。
『そうですか……。大人になっても、お嬢様が同じ思いだったなら、こちらから結婚を申し込みましょう』
『約束よ?』
『はは……』
それは、いつか忘れ去られる、大人に憧れる少女の小さな初恋だったはずだ。
あんな死に方をしたのは、ガスールの自己満足だったのだろうか。
命をかけて守ってくれた背中は、少女の初恋を本物にしてしまったのかもしれない。
「今でも、好きなの」
ガスールは、無邪気でまだ恋など知りもしない少年の仮面を被ることにした。
それでも、ただひと言伝えなければならない。
「その人は、お嬢様に出会えて幸せだったでしょうね?」
「……そうかしら」
「間違いありません。こんなに素敵なお嬢様に、好きだと言ってもらえたら、幸せに違いありません」
ファリーナは、長い髪を耳にかけて、ガスールの前にしゃがみ込んだ。
「そう? なら、諦めるのはやめようかな」
「えっ?」
ファリーナは、気がついているのだろうか。
それとも、同じ名前の少年に、思いを伝えたかっただけなのか。
それは、まだ誰にも分からない。
けれど、未来へと時間は進んでいく。
ガスールは、今でも、間違いなくファリーナを守る神託の騎士なのだから。
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