いつか大聖女になる少女 1
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祈りを終えて、中央神殿を出れば、当然のように白い花が敷き詰められている。
日差しに輝く白いドレスは、シンプルでありながら、その生地は西の果てから届けられた最高級品だ。
小さな少女がひとり、可愛らしい花を差し出す。
その花を受け取るファリーナの慈愛に満ちた笑顔に偽りはない。
だが、それすら聖女という偶像のために、完全に作り上げられた、一つの演劇のようなものだ。
「皆様に祝福を」
その言葉とともに、敷き詰められた白い花のような光の粒が空から舞い落ちる。
その一つ一つには、ほんの少しの回復魔法が込められている。
分け隔てない聖女の慈愛というわけだ。
ほんの少しの回復力と言っても、これだけの人数にそれをかけられるのは、確かに聖女ファリーナくらいのものだろう。
魔力の消費は、ひとりに使うのに比べ、とても大きい。
「お疲れ様です」
馬車に乗り込んで一息つけば、少し高い少年の可愛らしい声。
今まで、こんなに疲れたときに、誰かを横に乗せようなんて、ファリーナは考えたことがなかった。
いや、この少年と同じ名前をしたあの人以来とでも言うべきか。
「ありがとう。ところで、これは?」
差し出された真緑のドロドロした液体。
その色と香りに、ファリーナの本能が危険を訴える。
「魔力の回復によいのですよ?」
「え、飲み物なの……」
「そうです。さあ、ひと息に!!」
差し出したのが、ガスールでなければ飲まないだろう。
だが、目の前の少年の瞳はあくまで善意に満ちている。
「…………そういえば、風邪を引くとものすごく苦い薬を煎じて出してくれたわね……」
思い出の中にいるあの人は、いつでもファリーナの前では笑っている。
まるで、彼の傭兵としての血で血を洗うような武勇伝の数々なんて、根も葉もない噂にすら思えるほど優しい笑顔だった。
時々、謎の煎じ薬を飲まされるのには閉口したが、たしかに効果抜群で、のどの痛みもすぐに取れた。
「良薬口に苦し」
「へ?」
「東の果ての伝承です」
「これ、やっぱり苦いのね……!?」
キラキラと期待に満ちたようにも見える金色の瞳。
ファリーナは、抗うことができないまま、ドロドロした真緑の液体を一息に飲み、口を押さえて飲み込むと、しばしその後味に震えたのだった。
「〜〜〜〜!!」
たしかに、怪しげなその薬は、とてもよく効いた。
魔力はすぐに回復し、心なしか疲れまで取れたようだ。
けれど、その後味は……。
「はあはあ。こ、これはいったい誰に教えてもらったの」
「以前仕事を一緒にした、魔女様に」
「ま、魔女様と一緒に仕事って、どんな生活をしていたのよ!?」
「……うーん。生き残るためには、何でもしましたからね」
事実、以前の人生で、魔女に習った薬。
そういえば、『良薬口に苦し』と言っていたのは、その魔女だったかもしれない。
「そ、そうなの。ところでその魔女って美人だった?」
「……うーん。世間一般では絶世の美女の部類に入るのでしょうが」
「…………そ、そうなの!」
「お嬢様のような清純な美しさが、断然僕は好きですね」
ファリーナが、頬を赤らめたことに気がつかず、ガスールも煎じ薬を一息に飲む。
レザールとの朝の猛特訓で消耗した魔力は一度に回復したが、やはり信じられないほどその後味は、悪かった。
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