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英雄と同じ名の少年 2



 訪れた中央神殿は、何一つ変わっていなかった。

 建国当時から、変わらずそこにあるのが中央神殿なのだから、8年で変わるはずはないのだが……。


「こちらへどうぞ」


 まだ、年若い神官に案内された先は、かつてのガスールが、聖女だったファリーナの母親と一緒に来たことがある特別応接室だった。


「破格の待遇……」

「まあ、聖女の付き人が、祝福を受けるのだもの。当然よね?」

「そ、そうですよね」


 だが、ガスールは知っている。

 この特別室は、王族や高位貴族のみが通される。

 聖女であるファリーナ本人であればともかく、その付き人の祝福などに使われる部屋ではないはずだ。


 退路を断たれた予感。

 次の瞬間、扉が勢いよく開き、それでいて音もなく、ひとりの男が現れた。


「……大神官、レザール様!」


 かつて、辺境伯騎士団に所属していた聖騎士レザールとファリーナは、もちろん見知った仲だ。


 運命のあの日、中央神殿に呼び出されていたレザールが、もし辺境伯領に残っていたなら、ガスールは今も、あの姿のまま生きていて、ファリーナに仕えていただろうか。


 もちろん、レイブラント辺境伯領が陥落することもなかっただろう。


「待たせたな」

「先日は、助けてくださったそうで……。ありがとうございます」

「……当然のことをしたまでだ」


 にっこりと子どもらしく微笑んだガスールを、レザールは、じっと見つめた。


「……あの?」


 白髪に青い瞳をしたレザールのただならぬ眼光に、ファリーナは、何ごとかと声をかけようとした。

 そのことに気がついたのか、レザールが子どもに対するような笑いを顔面に貼り付けた……ように、ガスールには見えた。


「聖女様、少々このガスール少年と二人にしていただけますか? 祝福を伝えるにあたり、少し気になることがありまして」

「分かりました。では、レザール様よろしくお願いします」

「ええ、お任せ下さい」


 にこやかな挨拶と、こちらにだけ向けられた殺気に近い気配。

 ガスールは、すでにこのあとのレザールの言動を予想できていた。


 疑うこともなく部屋を出て行ったファリーナを沈黙したまま二人で見送る。


「それで……。名前まで同じとは。隠す気がないということでいいのか?」

「えっと、何のことでしょうか?」

「っ、そのとってつけたような子どもの真似、やめろ! そもそも、先日夜会で使ったという聖騎士の技もどき。あんな器用な真似、お前くらいしか出来るはずがない!!」


 ガスールは、ため息を一つついて、髭のない顎に手を置いた。


「うーん。やはり、お前の目をごまかすのは無理か。さすがだな、レザール」

「……なぜ、すぐに知らせてこなかった」

「そうだなぁ。以前の記憶が戻ったのも、最近だ。それに、この姿のほうが便利なこともある」


 英雄として祭り上げられているなら、なおさら、子どものふりをしている方がいい。

 レイブラント辺境伯領を裏切った相手は、今も王都にいるのだから。


「……それで、レザールは、お嬢様をお守りするために神官になったのか?」

「聖騎士なんて、神殿の駒でしかない。上に行く必要があった」

「……そうか」

「ところで、自分を殺した相手に、復讐しないのか?」

「……お嬢様を守ることくらいしか、今は考えていない」


 その瞬間、レザールの青い瞳は見開かれた。

 当時、ガスールよりも年下だったレザールの目元には、今くっきりとしわが刻まれ、髪も白くなっている。


「……っ、そうか。お前が復讐を望まないというなら、俺も、大神官なんてつまらない職、もう辞めてもいいかな」

「レザール、お前……」


 おそらく、レザールが大神官まで上り詰めたのは、ファリーナを聖女にし、守るためであり、同時にガスールの敵を討つためだったのだろう。


「……いや、このままその職にいてくれ。まだ、お嬢様には助けが必要だ……。それに、何よりも」

「何よりも……。なんだ?」

「お前と酒が飲めるまで、あと十年以上はかかる。それまで、のんびり大神官でもしていろ」

「は……。ははっ! そうか、それもいいな」


 バシンッと肩を叩かれたガスール。

 大神官をしていても、友は鍛錬を続けていたのだと、それだけでもよくわかる。


 そしてその直後、深刻な顔になったレザール。

 次の言葉を待つ、ガスール。


「大聖女を守る神託の騎士」

「……それが、今回の祝福か」


 前回の祝福は、ある意味呪いのようにひどかった。死後に英雄になって、何の意味がある、とよく思ったものだ。


「まあ、お嬢様をお守りできるなら、悪魔がよこす呪いだって受け入れるさ」

「相変わらずだが、一応大神官の前だからな?」

「違いない」


 『神託の騎士』が意味するもの、それはまだ誰も知らない。

 それでも、いつか大聖女になるという祝福を受けたのは、ここ百年では、ファリーナただ一人だ。


「結局、ファリーナ様を守ることに命を捧げるのか」

「……ああ、あの人生で、俺に生きる意味を与えてくれた人だから」

「そうか。ところで、ファリーナ様には言わないのか?」

「今さら老いぼれが生まれ変わったといわれても、輝かしい人生の邪魔になるだけだろう」

「……」


 それ以上何も言わず、部屋から出て行くガスールの背中を見送ったレザール。


「鈍感だな。ファリーナ様は、お前を忘れられずに聖女の道を選んだんじゃないか。……しかも、年齢差だってあの頃に比べて格段に縮まっているんだぞ?」


 その背中は、今はまだ小さく頼りない。

 だが、どんな姿であろうと、ガスールが誰よりも強く、頼りになる男なのをレザールは知っている。


 大聖女を守る、神託の騎士は、ここに祝福を受けた。


 ***


 そして1週間後。


「大神官がなぜ、聖騎士の姿で、ここにいるんですか!?」

「しばらく、ここにいるらしいわ?」

「お嬢様……!?」


 聖女ファリーナの邸宅に、さらに一人仲間が増える。

 聖騎士の姿をしたレザールは、かつてに劣らず覇気に満ちていた。


「大神官が、聖女様をお守りする聖騎士を兼任してはいけない、という規則は、見当たらなかったからな」 

「……はぁ。…………レザール様、よろしくお願いします!」

「ははっ、よろしくな? ガスール少年」


 二人が酒の席で肩を並べるまでは、まだまだ時間が必要だ。

 だが、戦いの場であれば……。それは、すぐそこなのかもしれない。

 

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