英雄と同じ名の少年 1
***
ガスール・ファントンを知らない人間など、この王都にはいない。
隣国からの奇襲攻撃で、最前線となった辺境の地。
のちに、聖女となる、ファリーナ・レイブラント辺境伯令嬢を守り切り、立ったまま事切れたという、王国の英雄だ。
「……まさか」
ファリーナに手を引かれ、中央神殿前の広場に、かつての自分の銅像が建っているのを見たときの衝撃をどう表現すればいいのか。
まるで、十四、五歳の頃、「英雄になる!」と書いた日記を大人になってから見てしまった、そんな気分だろうか。
「どうしたの?」
「いいえ」
知らないふりをする以外に選択肢はない。
今までとは違った意味で、生まれ変わったことを誰にも知られたくないとガスールは思う。
「ところで、どうしても行かねばなりませんか?」
「え? だって、ガスールは神官様から祝福を受けてないのでしょう? 王国では、ほとんど皆受けているのよ?」
当たり前のように告げるファリーナは、聖女だ。
その付き人が、まさか祝福を受けていないというわけにもいくまい。
それは、理解できる。だからこそ、ついてきているのだが。
「えっと……。僕みたいな貧民街出身の人間に、大神官様からの祝福なんてもったいないといいますか……」
諦め悪くこんなことを言うのには理由がある。
「でも、先日湯あたりと魔力枯渇を見ていただいたお礼もしなくては」
「そ、そうですよね!」
しかし、大神官は、かつてともに戦った聖騎士、レザールなのだ。
レザールは、誰にでも平等だが、豪快で、酒と女が好きで聖騎士らしくない人間だった。
酒が好きだったガスールとは、気が合い、よくともに肩を組んで飲み明かしたものだ。
そのレザールが王国で聖女と並ぶ神殿のトップ大神官に……。
「似合わないな」
「え? どうしたの」
「いいえ、僕みたいな人間に、こんな服は似合わないのではないかと」
「何言っているの。お店の人も、着ていただけて光栄ですって感動していたじゃない。ものすごく可愛いわ?」
幼い頃、そう、ファントン伯爵家の領地が、隣国に攻め込まれ焼け落ちる前、かつてのガスールも、少年の正装を着て祝福を受けた。
膝が隠れる程度のズボン。
紺色の三つ揃いの服。チョッキには、細く金の縁取りがされている。
ファリーナが、自ら選んだその服は、ガスールの、紺の髪と金色の瞳によく似合っている。
そして、そのとき受けた言葉は「死後、英雄と語られる」だった。
先ほどの銅像……。英雄と死後語られていることといい、それほど信心深くなかったガスールも、信じるしかない。
つまりこれから受ける祝福も、大神官という地位にいるものから告げられるだけに、確実にこれからの未来を……。
だが、あのレザールから告げられる祝福だ。信じていいものなのだろうか。
ガスールは、複雑な心中で一人遠くを眺める。
「ほら、行くわよ?」
「え、ええ……」
「珍しいわね。緊張しているの?」
「……少し」
「そう。でも、大丈夫よ! 私がついているわ?」
見上げれば、大人びた表情で、最期まで守ると決めたはずの少女が、ガスールを見つめていた。
ギュッと握られた手は、かつて老兵ガスールの手に、スッポリと収まっていた。
だが今は、完全に立場が逆転してしまっている。
「そうですね。そばにいますからね」
「そうよ? だから、安心なさい」
「はい……」
ガスールは心の中で、少女を守り切ると、もう一度誓う。
これからの出会いも、運命も、まだ何も決まってはいない。
それは、これから始まる物語なのだから。
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