第893話 執事の特別な一日ですが何か?
シルバの朝は早い。
執事としては当然なのだが、バシャドーは眠らない街としても有名で、夜も通りによっては賑わっているから、忙しいのは確かだ。
とはいえ、夜に起こる問題は、『バシャドー義侠連合』が解決してくれるので、シルバの手を煩わせるような事はほとんどない。
しかし、城館や侍従の管理、リューの政務の手伝いなど多岐にわたるから、それでも忙しい。
それでも、シルバはやりがいを感じていた。
これまで、汚れ仕事が主だったから、自分を信用して街の管理も任せてくれるリューには感謝しかない。
「若君には毎日驚かされるな……」
シルバは、執事服に袖を通しながら、一人苦笑する。
王都裏社会のドンである事もだが、寄り親であるランドマーク伯爵家の情報を詳しく知れば知る程、リューの貢献を知り、また驚くのだ。
さらには遠い海洋国家であるノーエランド王国との国交回復に貢献したのも、次兄ジーロとリューだと知った時も、どこでも活躍する日々を送っている事に驚いた。
その原動力となっているのが、戦時中も活躍したリューの『次元回廊』だ。
それを使って、今でもノーエランド王国に毎日のように訪れているのだから、想像を常に超えてきていた。
「みなさん、おはようございます。全員がそれぞれ持ち場で役目を果たし、若君の為に尽くしましょう。それでは今日もよろしくお願いします。……(ノーランド王国の方でも商売を成功させ、王家にも信用されているとは、若君は本当に十四歳なのだろうか?)」
シルバは、城館の侍従達を集めて、挨拶し、各自の一日の仕事内容を簡単に確認しながら、リューの事を考えていた。
そこに、リューがリーンとスードを連れて、広間にやって来た。
「みんな、おはよう。今日も無理せず、各自がしっかり仕事を熟してください」
リューは簡単に挨拶すると、執務室に向かう。
「若君、今日は書類仕事が中心になっています。午後からは面会が八件、これといって問題はなさそうです」
シルバは、スケジュール表に目を通して、報告した。
「それじゃあ、午後の面会をいくつか無くして、ちょっと、出かけようか」
リューは何か思い出したように、提案した。
「出かけるとは、どこへ?」
シルバは、自分も含まれている言い方だったから、首を傾げる。
「王都とマイスタの街さ。ミナトミュラー家の他の家族に、シルバを会わせないとね」
リューは笑顔を見せた。
シルバにとって、リューやリーン、スード、『バシャドー義侠連合』の者達が、家族という認識だったが、ミナトミュラー家の括りだと、確かにマイスタや王都が中心になる。
「わかりました」
シルバは、少し緊張気味に頷くと、スケジュールを変更するのだった。
お昼前、シルバは銀狼姿になると、ほぼ日課となっている街の巡回を行う。
普段、リューの予定が空いている時は、背中にリューとリーンを乗せて、街を一周しているのだが、この日は、一人だ。
すでに名物になっている銀狼姿の執事の巡回は、いつも通り、好意的に受け入れられていた。
魔族との混血であるシルバとしては、領民に嫌われても仕方がないのだが、リューのお陰で、温かい声をかけてもらえている。
たまに余所者が、銀狼姿のシルバに驚いて、剣を抜くという暴挙に出るが、周囲の領民が、止めに入る光景も当たり前になってきた。
シルバにとって、人前に銀狼姿を晒すのは勇気がいる事だったが、今では当たり前になってきている。
さすがに他所ではできない事だが、それでも、自分の存在をバシャドーで認められて嬉しい気持ちは確かだった。
街を一時間かけて回ると、城館に戻る。
そして、仕事に戻り、侍従達に指示を出していると、リューが戻ってきた。
「じゃあ、シルバ。お昼はあっちで、何か摘まみながらみんなに紹介するね」
リューはそう告げると、シルバの手を取って、早速、『次元回廊』で、王都に向かうのだった。
シルバはバシャドーの街が長い。
バシャドーの街は都会と言っていい程発展しており、各地から人も集まるから、見聞は広めるには良いところだ。
だから、大抵の事には驚く事も無い。
だが、早速、シルバは、驚く事になった。
ランドマーク総合ビルにである。
「いらっしゃいませ~!」
「こちらの商品いかがですか?」
「ありがとうございます。こちらもお勧めですよ」
総合ビル内に入る各店舗の店員達が客引きを行っている。
シルバは、ビルの外観を見ただけで圧倒されていたが、店内に入ってその賑わいに驚かされた。
バシャドーの街とは違う商売の形だったし、何より、客にとってここに来れば何でも揃う、というのは魅力的に映った。
そこへ、待機していた管理責任者であるレンドや、ミナトミュラー家の関係者達と面会する。
物々しく挨拶をして、言葉を交わすのではなく、賑やかなところで礼儀に拘らず、歩きながら試食を食べたり、お勧めの品を、空いている席に座って食べたりと、気楽なものだった。
「若に気に入られるとは、運が良いな!」
「若が家族と認めたからには、当然、裏切りは許さないが、裏切る気にならないのも確かだ。──あとは若の為に頑張ってくれよ」
「マイスタの街もこれから行くのだろう? あそこが、ミナトミュラー家の本拠点だ、よく見ておくと良いぜ」
魔族の血が流れている自分に対し、ミナトミュラー家の関係者は、全く気にする素振りは無く、気さくに声をかけてくるのだった。
シルバの歓迎は続く。
『次元回廊』でマイスタの街に移動した。
シルバのマイスタの印象は、人の数こそ、バシャドーの街が圧倒的に多い。しかし、雰囲気が似ている事に好感を持った。
賑わいと共に、和やかな空気があり、どちらかというと、こちらの方が好きかもしれないと思ったほどだ。
これは、驚きだった。
シルバにとって、バシャドーの街が、唯一無二の街だと思っていたからである。
きっと、この街にリューの雰囲気を重ねたから気に入ったのかもしれなかった。
「素敵な街ですね……」
シルバは、穏やかな笑みを浮かべる。
「わははっ! そりゃあ、若のお陰で今の形になったからな。若の来る前は、良くも悪くも裏社会一色に染まった街だった。他所者が近づくには相当危険だったよ」
リューの腹心であるランスキーが、新参者のシルバを気に入ったのか、背中を叩いて笑う。
「今に、バシャドーの街も、この街のような雰囲気になるさ。若が治めるんだからね」
大幹部の一人ルチーナが、ニヤリと笑みを浮かべる。
「バシャドーの街は人口が多いからな。あそこの特色を生かすとなると、また、違った雰囲気になると思うぜ?」
同じく大幹部の一人、ノストラが、商会長代理としての意見を口にした。
「まあ、若が治めるんだ、良くはなっても、悪くはならないさ。シルバ、あっちでは若の事を頼むぞ」
同じく大幹部の一人、『竜星組』組長代理のマルコがポンと軽く肩を叩く。
「若様とリーン様は、仕事に夢中になると、時間を忘れる質なので、あなたがしっかり止めてください」
同じ執事であるマーセナルが、同僚となるシルバに先輩らしい助言をした。
「はい。若君に忠誠を誓った身です。若君の身の安全を第一に執事として務め上げるつもりです」
「はははっ! それはいいが、お前も無理しすぎるなよ? そういうのは若が嫌がるからな」
ランスキーは、真面目なシルバが、マイスタの職人の真面目さに重なったようだ。
「みなさんに歓迎されて嬉しい限りです。ありがとうございます」
シルバは、深々と頭を下げる。
そして、感慨無量だった。
一気に自分の世界が、広がったような気分になったからだ。
それもこれも、リューに助けられた事が発端だったから、足を向けて寝られないと真面目に思うシルバだった。




