第892話 良い面会ですが何か?
バシャドーの街が、今まで通りに動き出した。
燃えた区域はすでに、再整備が行われ、マイスタの職人達の指導の下、新たな建築技術を入れて、新しい建物が続々建ち始めている。
そして、ようやく最初の税収が街から納められ、リューのもとに報告がやってきていた。
「この街はみかじめ料の額が凄い……!」
「ミカジメリョウ……、ですか?」
「あっ、間違えた。税収ね?」
リューは報告書を見て、嬉しい悲鳴を上げ、シルバは、まだ聞き慣れぬ言葉に、首を傾げた。
街一つの月の税収だが、人口が一万人を超える土地である。
ましてや西部、南西部、北西部から王都へと続く街道の集約地点でもあるから、人が自ずと集まり、お金を落としていく額はとんでもない。
この街を代々伯爵位の人物が治めていたのも、わかるというものだ。
それを今、ランドマーク伯爵の与力であるミナトミュラー家が治めているのだから、王家が寄せる期待も大きいという事を、改めてリューは実感した。
「若君、税収が多いという事は、寄り親に納める税金も高いという事なので、お気を付けください」
シルバが、リューに助言した。
「だよね? 年末がちょっと怖くなる収入だもの。一年丸々だと相当な額になるよね?」
マイスタの街も立地や人口を考えると、かなり税収のある街なのだが、バシャドーの街は、その数倍になる。
税収が多いという事は、そこに集まる人や物資も多いという事だ。
リューが任命した来賓統括担当官ケンガ・スジドーのもとには、各地方から王都に向かう為、立ち寄る貴族達が挨拶をしに、連日押し寄せていた。
もちろん、貴族だけでなく、各地方の商会や有力者なども挨拶に来るのだから、大変さはリューも想像を絶するところだ。
その中で、有力な貴族や商人については、担当官であるケンガ・スジドーから、面会申請が上がってきたりする。
「若君、今日は、ルトバズキン公爵の与力貴族から面会申請が来ています」
「ルトバズキン公爵の? わかった、午後の執務時間を割いて、予定に入れておいて」
「わかりました」
シルバは頷くと、予定表を書き換えるのだった。
「……。──初めまして。私はルトバズキン公爵の与力、ヤリク・シリアズキン伯爵と言う」
まだ十代と思われる、ヤリクと名乗った若いシリアズキン伯爵は、応接室に入るなり、立ち止まってリューをじっと見た。
だが、すぐに席の前まで進むと、自己紹介をした。
オレンジ色の髪に、黄色の目、身長は高い。
線は細く見えるが、歩き方から、武術に長けている人物と、リューは睨んだ。
「こちらこそ、初めまして。私はバシャドー領主のリュー・ミナトミュラー子爵です。シリアズキン伯爵は、確か……、ルトバズキン公爵のご子息ですよね」
リューは握手を求めた。
「ああ。その通りだ。私は次男だがな。──うん、噂通りみたいだ」
ヤリク・シリアズキン伯爵は、近くでまた、リューの目をじっと見ながら握手を交わす。
「……噂通りとは?」
リューは聞き流そうとも思ったが、好奇心が勝った。
「子爵は、戦闘に長けているという噂を聞いてな。なんでも、チンピラ相手に大暴れしたとか?」
ヤリク・シリアズキン伯爵は、握手の手を離さないまま、目をリューから離さない。
「はははっ。お恥ずかしい事ながら、就任早々、賊に、この街を燃やされる事態に陥りまして……。その為、僕自身が出て、討伐を行ったのは事実です」
リューは苦笑してみせた。
「そうか。ランドマーク伯爵には勿体ない人物だと思ったが、確か三男だったか?」
ヤリク・シリアズキン伯爵は、握手する手に力を入れた。
「はい。うちの父は、尊敬に値する人物です。愚息の僕などは足元にも及びません」
リューは親を悪く言われたと感じ、握手する手に力を入れ返した。
「謙遜するな。兄弟の中でも、頭角を現すのが早かったそうではないか。すでに親を越えているのでは? という話もある」
ヤリク・シリアズキン伯爵は、握手する手にさらに力を込めた。
「はははっ。それは大袈裟な事です。兄達は、僕とはまた違う実力者です。僕は兄妹の中でも、才能は一番ないかもしれません」
リューは眉一つ動かさず、握る手に力を籠め対抗する。
「謙遜が過ぎると、侮られるぞ?」
ヤリク・シリアズキン伯爵は、こめかみをピクピクさせた。
握る手に相当力を込めているようだ。
リューは内心、このヤリク・シリアズキン伯爵が相当な実力者であろう事を、理解していた。
握力もかなりあるし、軽く引いたり押したりして、バランスを崩そうとしても、柔軟に対応していたから、体幹も強そうだ。
「今日は部下に任せず、赴いた甲斐があったようだ」
急にヤリク・シリアズキン伯爵は、手の力を抜く。
「それは良かった」
リューもすぐに、その手を離す。
「私の握力に対抗できる者はそうそういない。いるとすれば、父や一部の者くらいだろうな。ミナトミュラー子爵、気に入ったぞ。父にも良いように伝えておこう」
ヤリク・シリアズキン伯爵は、楽しそうに笑みを浮かべた。
どうやら、最初からリューを試すつもりだったようだ。
「僕はともかく、父ランドマーク伯爵の事を、よろしくお伝えください」
笑ってリューは、応じた。
一応、ヤリク・シリアズキン伯爵の事は多少調べてあった。
歳はまだ、十七歳。
西部地方の学校で、首席卒業。
槍の使い手であり、『神槍ヤリク』のあだ名で敵に恐れられる人物だ。
戦闘狂で知られるルトバズキン公爵に、一番似ていると言われており、武闘派の者を好む傾向にあるらしい。
その人物に気に入られたのは、良かったかもしれない。
これから、エラインダー公爵を敵に回そうかとしている最中である。
ルトバズキン公爵派閥には、味方にできなくても、敵にならなければ御の字だった。
「よし、ミナトミュラー子爵。二人の時は、私の事をヤリクと呼んでいいぞ」
ヤリクは、リューの事を相当気に入ったようだ。
下級貴族に名を呼ばせる事など、普通ありえない。
それも、公爵家の次男である。
「ヤリク殿、それでは僕の事も、リューとお呼びください」
「わかった、リュー。今日は会えて良かったぞ。──あっ、そうだ。これは、忠告だ。あまり、好き勝手にやらないようにせよ。見ている者もいるからな」
ヤリクは、意味ありげに言うと、早々に出ていくのだった。
「最後の忠告が気になるね……」
リューは苦笑する。
「ルトバズキン公爵に目を付けられたのか、エラインダー公爵のような人物の事なのか……。どっちにしろ、あまり嬉しくないわね」
リーンも予想すると、苦笑した。
「でも、ヤリクとは、いい感触だったから、良かったよ。立地が良いだけで、こんな出会いがあるもんなんだね」
リューは、バシャドーの街の領主として良い出会いがあった事に、満足するのだった。




