第891話 大事な人事ですが何か?
ヤン・ソーゴス将軍もとい、ただのヤンは、命の恩人であるリューに仕える事が決定した。
そうなると配属先であるが、それはもう決まっていた。
帝国方面におけるリューの代理である。
現在、帝国方面では、帝国新領地において、王国復帰を望む領民達による抵抗が続き、裏社会では、狼人族ウルガをボスとする『赤髪竜狼一家』が、勢力を伸ばしている最中だ。
そして、リューの直属の部下達が、間者として潜入し、各地で現地民を採用して情報収集活動を行っている。
これらを全て、統括するのがヤンの役目となった。
「わかりました。お任せください、若」
ヤンは、リューの部下となった時点で、昔の自分を捨てる覚悟をしていた。
リューを「若」呼びするのは、モーブに敬意を払っての事である。
ヤンは決意として、目元を隠す黒色の仮面を装着する事にした。
これなら、自分の顔を知っている者に気づかれないし、何より、リュー自身が仮面を付けて行動する事も多いので、その一部という認識のつもりらしい。
後にヤンは、『仮面の軍師』として、各方面から頼られる事になっていくのだった。
バシャドーの街、城館の執務室。
「ふぅー……。これで帝国方面については、僕が出ていく必要は無くなったね」
リューは、ヤンという優秀な部下を手に入れた事で、安堵の溜息を吐いた。
「本当ね。これで、こっちは、バシャドーの街の復興と、エラインダー公爵と『屍人会』、『新生・亡屍会』への対応に専念できるわよ」
リーンも安堵した。
リューの仕事量が減るのは、従者として安心材料である。
「若君。エンジ・ガーディーとケンガ・スジドーが、面会の為、やってきていますが?」
執事のシルバが、執務室で寛ぐリューに伝えた。
「あっ、そうだった! ──応接室に通しておいて」
リューは二人が、うちの部下になってくれたから、担当官の任命を行うつもりでいたのだ。
リューはリーン、スードと共に、応接室に向かう。
その手には二枚の紙が握られていた。
「二人とも、ご苦労様。来てくれてありがとう。わかっていると思うけど、二人には、それぞれ例の担当官についてもらい、この街の為に働いてもらいます」
リューは応接室に入るなり、挨拶も早々に切り上げると、決定事項とばかりに、任命証を二人に見せた。
『来賓統括担当官:ケンガ・スジドー』
『税務統括担当官:エンジ・ガーディー』
と大きく書かれたものである。
ここに、商業統括担当官、アキナ・イマモリーの三人で、この街独自の重要ポストが埋まった事になる。
「「若君、謹んでお受けいたします」」
ケンガ・スジドーとエンジ・ガーディーは、席から立ち上がると、床に膝をつき、リューの手から、任命証を受け取った。
「これで、バシャドーの街の運営は盤石になりそうだね。他の人事については、三人で話し合って決めて僕のところに報告書をお願い」
リューは、所詮余所者だから、この街に詳しくて、私情を挟まない三人に任せる事にした。
「「はい!」」
ケンガ・スジドーとエンジ・ガーディーは、元気よく応じるのだった。
こうして、リューは、バシャドーの街における地盤も盤石のものとした。
これだけ大きな街を、短期間でまとめ上げる事は、ほぼ不可能である。
だが、リューは、それをやってのけた。
領民はリューを現人神と崇めているし、人事も地元の有能な者を据え、文句が出ないものにしたのだ。
「あとは、正式な発表だね」
リューは、嬉しそうである。
「……発表ですか?」
エンジ・ガーディーが、首を傾げた。
今、略式ながら任命証を貰ったので、これで終わり、あとは仕事に移るだけだと思っていたからだ。
「うん。僕は他所者だからね。バシャドーの領民に人事を大々的に発表して、納得してもらうのさ。安心して復興に専念してもらう為にもね」
「何をするんですか? さっぱりわからないんですが」
ケンガ・スジドーは、正式発表と聞いても、想像がつかない。
「まずは準備だね。城館前広場で発表を行うとお触れを出してくれる?」
「わかりました」
執事のシルバは、疑問を口にする事なく、すぐ、侍従に指示を出す。
エンジ・ガーディー達は、ポカンとそれを見ているだけだ。
「はははっ! 明日は午前中、打ち合わせをするから、また来てね」
リューは二人の顔を見て笑うのだった。
ざわざわ……。
バシャドー領主城館前広場には、領主からの人事発表があると聞いて、領民達が集まっていた。
「領主様は他所の人間だから、最初はやっぱり、自分の部下から選出するよな?」
「いや、俺が聞いた話では、商業統括担当官の席は、『バシャドー商人護衛連隊』代表のアキナ・イマモリーの姐さんが就き、すでに実務に入っているらしいぜ?」
「そうなのか? そういやぁ、商会長が一時的に他の担当官を任せられてたって話も聞いたが、正式なものではないって聞いたぜ?」
「俺もそう聞いた。商会長達も、短期間手伝うだけだと、言ってたぞ」
「やっぱり、自分の部下を据えるというのが妥当だろうな」
「だがそれだと、地元の関係者と揉めそうだな」
「だな……。『喧嘩屋義侠団』ケンガ・スジドーさんや、『バシャドー・ガーディアン』エンジ・ガーディーさんなんかが、黙っていないんじゃないか?」
「俺は領主様を信じるぜ。この街を救った方だからな」
「「「それはみんな同じだって!」」」
リューはすでに、従魔の銀狼とセットで大人気になっていたから、地元の者を採用していなくても、問題はほぼなさそうだった。
「おっ? 始まるぞ!」
広場の前列の者が、舞台上の動きに気づいて声を上げる。
それは、後列まですぐに伝わり、みんな静かになっていった。
舞台上に、リューが登壇し、横には銀狼、背後にはリーンとスードが控えた。
それだけで歓声が上がる。
リューの人気は本物のようだ。
リューが、軽く手を上げると、領民達の声はピタリと止む。
『今日は集まってくれてありがとうございます。この街の人事なので、みなさんが納得いく人選を行いたいと思い、正式な発表が遅れた事をお詫びします』
リューは、広場の隅まで聞こえる拡声魔法で、お詫びすると、頭を下げた。
「領主様の人選なら、余所者でも大歓迎だぜ!」
後列の領民から、声が上がる。
すると、
「「「そうだ! そうだ!」」」
と声が続いた。
「ありがとうございます。それでは、早速紹介しますね。この街の要である三担当官の紹介です」
リューはすでに周知の事実になっているアキナ・イマモリーの名を呼んで、本人を登壇させる。
続いて、ケンガ・スジドー、エンジ・ガーディーの名が呼ばれると、領民達は驚きの声を上げた。
三人は連合体である『バシャドー義侠連合』の人間であり、統治者とは距離を取って、この街を守っていたからだ。
その三人全員が正式に担当官に付くとは、誰も想像していなかったのである。
「「「おお!」」」
領民達から大歓迎の声が上がる。
すでにリューの事を大好きな領民達は、同じく尊敬と畏怖の存在である義侠連合のトップ達も、領主を認めたのだと、興奮して喜ぶ。
「そして、この美しい銀狼が、うちの執事シルバです」
リューは嬉しそうに、横にいる銀狼の毛並みを撫でた。
すると、銀狼が、銀色の髪と瞳を持つ男性に変身した。
「「「おお!!!」」」
領民達は、驚きと共に、感動に近い声を上げた。
現人神と敬うリューの横にいて、存在感が十分だったからだ。
「みなさん、彼は、魔獣でもあり、人でもあります。そして、この街をこよなく愛する人物であり、僕の大切な部下です。これからよろしくお願いします」
リューが、お辞儀をすると、シルバも深々と領民に頭を下げる。
領民達は、歓声を上げてシルバを歓迎した。
魔獣という事は魔族である事を意味したが、この数日間、彼がリューの従魔として、街を巡回しているのを誰もが知っていた。
そして、好意的に受け止めていたから、批判する者はいない。
こうして、リューは人事について、これ以上ないものを示す事で、魔族出身のシルバも同時に、受け入れてもらう事に無事成功するのだった。




