第889話 続・体を張る部下達ですが何か?
ヤン・ソーゴスは、落胆していた。
他の貴族の不興を買ってまで将軍の地位についていたのだから、敗戦の責任を負い、辺境の地に飛ばされた事は仕方ない。
皇帝も内部に敵を作るのは愚策と考え、最後、自分を切り捨てたのも、仕方がない。
だが、リューと面会しただけで、裏切りの責を問われる事になるとは、思っていなかった。
帝国への忠誠は、揺るがなかったし、裏切るつもりも全くなかったからだ。
村長が自分の監視役という任務を与えられていた事は、自分を捕らえに来た帝国兵に聞いて知った。
その密告により、自分は裁判にかけられる事なく、死罪らしい。
「私はどこで間違ったのだろうか……」
ヤン・ソーゴスは、立ち止まって独り言をつぶやく。
「何も間違っておりません。敵だった我が主が、あなたを評価している事が、何よりの証拠です」
ヤン・ソーゴスを守って逃げていたリューの部下二人は、その手を掴むと引っ張る。
「ありがとう。だが、ここまでだ。君達は逃げてくれ。私の為に、命を落とす必要はない」
ヤン・ソーゴスは、リューの部下を死なせる事こそ、自分を評価してくれたリューを悲しませる行為だと、考えた。
「それは一番、受け入れられない提案ですね。若が守れと言ったからには、あなたを命がけで守るのは、俺達の務めですので」
部下の一人がニヤリと笑みを浮かべ、砕けた口調になった。
「そういう事さ。俺達を家族と呼んで下さる若のご命令だ。たとえ死んでも、任務を果たして見せるぜ」
もう一人の部下も、死ぬかもしれない状況に、怯える素振りは一切ない。
「……リュー殿は幸せだ。いや、そうさせるリュー殿の人徳も素晴らしいのだな……。私もそのような主君に恵まれたかった……」
ヤン・ソーゴスは、包囲されかけている状況を冷静に確認すると、溜息を吐く。
そして続けた。
「やはり騎馬相手に、徒歩でこれ以上、逃げるのは不可能。私のせいで、あなた方が捕まるのは不本意です。やはり、お逃げください。そして、リュー殿に伝言をお願いします。『あなたに最後に会えて良かった。時代の傑物に会えた事、そして、評価してもらえた事、私の最後の誇りとなりました』、と」
ヤン・ソーゴスは、二人の手を振り解いた。
そして、帝国兵から奪っていた腰の剣を抜く。
その目には死を覚悟した者の決意が現れていた。
部下二人は、視線を交わして黙って頷くと、一人は茂みの向こうに走って消え、もう一人は、ヤン・ソーゴスの傍に残った。
「ヤン閣下。最後のお供が、俺ですみませんね」
部下はヤン・ソーゴスの意思を汲み取り、遺言を仲間に任せ、自分は最後まで付き合う事にしたようだ。
「馬鹿な! あなたも逃げなさい! 私に付き合う必要はないのですよ!」
ヤン・ソーゴスは、この義理堅い男を逃がそうと、必死になった。
「ヤン閣下。俺にも意地があるんです。若の命令を最後まで遂行する事。そして、男気を見せるあんたを、一人で死なせない事がね」
最後までリューの部下として、筋を通す道を選んだ。
「……増々、リュー殿が羨ましいな。あなた、名前は?」
「俺ですか? モーブと言います」
「モーブさん、あの世にご一緒するのが、私ですまない。代わりに、あの世では、必ず、良い扱いがなされるように、あなたの生き様を神に進言しますよ」
「はははっ! ヤン閣下に高く評価されるなら、俺もあっちで贅沢できそうだ!」
モーブはヤン・ソーゴスの冗談に満足そうに答えた。
そして、二人は、追手に取り囲まれるのだった。
帝国兵は、半包囲網を縮めながら二人を追い、ようやくヤン・ソーゴスを追い詰めていた。
森のあちこちにかがり火が焚かれ、四方から、ヤン・ソーゴスと自分達を邪魔した男に、帝国兵達が襲い掛かる。
死を覚悟したヤン・ソーゴスとモーブは、獅子奮迅の戦いを繰り広げ、帝国兵はその勢いに怖気づく。
勝利が確信される流れで、命をかけてまで相手を仕留めようと思う者はいないから、気を呑まれていた。
実際、功を焦って斬りかかった帝国兵は、邪魔した男モーブに喉笛を斬り裂かれて、死体になっていた。
「ええい、一人で斬りかかるな! 槍兵、一斉にかかれ!」
部隊長が、腰の引けた部下達を叱咤する。
帝国兵達は頷くと、包囲して、邪魔な男を一斉に槍で突く。
邪魔な男ことモーブは、槍を剣で払い、何本か斬り落とした。
だが、多勢に無勢である。
数本の槍が、モーブの体を捉えた。
脇腹、背中、右太もも、左腕と突き刺さる。
「ぐはっ! ──……先に……逝きます……」
モーブは血を吐くと遺言を告げた。
「うぉー!」
モーブは、最後の力を振り絞り、刺さった槍を剣で切り払うと、そのまま、部隊長に向かって斬りかかる。
指揮官を仕留めれば、ヤン・ソーゴスが生き残る可能性が上がると考えたのだろう。
「私までその剣は届かんよ! ──殺れ!」
部隊長は、傍にいる帝国兵に命令を下す。
帝国兵達は、死に物狂いで向かってくるモーブに槍を突き出した。
その瞬間、槍の先端は、岩の壁に阻まれた。
いや、阻まれただけでなく、モーブとヤン・ソーゴス自身も、ドーム型の岩に覆われ、見えなくなった。
「この間合いで、土魔法を使うな馬鹿者!」
部隊長が部下の失態を咎めた。
「我々ではありません!」
兵士の一人が、驚いて否定する。
「では誰がやったと──」
部隊長が怒声を上げた瞬間。
森が瞬く間に、炎に包まれた。
「ぎゃあー!」
炎に巻かれた帝国兵が悲鳴を上げて、逃げ惑う。
「誰が火魔法を使った!?」
部隊長も、一転した状況に、混乱する。
「お前が指揮官か? 責任を取ってもらうぞ」
仮面越しのリューが、炎の中、部隊長の前に現れた。
「責任だと!? 誰だ、貴様!? 我らにこのような事をしてただで済むと──」
「お前こそ、うちの家族に手を出して、ただで済むと思っているのか?」
リューは、炎を背景に、目に怒りを漂わせていた。
そして、無詠唱で発動した土魔法が、岩の拳の形となって、周囲の帝国兵をなぎ倒していく。
「ま、待て! 今回の事は大目に見てやってもいい! 責任者は私だからな。だから──」
リューの圧倒的な力の前に、愕然とした部隊長は命乞いをしようとした。
しかし、最後まで、言わせる暇を与えない。
リューは、特大の拳を土魔法で作ると、部隊長の頭上に叩き落とすのだった。




