第887話 同盟の影響ですが何か?
バシャドー裏社会で、巨大四組織による同盟が成立すると、その噂は、瞬く間にバシャドーの街内に広まった。
情報がダダ洩れ過ぎるが、これは、もちろんわざと広めたものだった。
バシャドーの街には、まだ、『屍人会』と『新生・亡屍会』両組織の者達が息を潜めている。
その連中に対する警告と、宣戦布告なのだった。
バシャドーの街にある、ありふれた一軒家の地下室。
「参ったぜ……。潜伏して次の襲撃を窺っていたが、一度、撤退してボスと作戦の練り直しをした方がいいかもれない」
『屍人会』の幹部の一人で、ボスの側近である道化師のピエールが、道化師らしからぬ真剣な声色でつぶやく。
「撤退はありえないだろう? 俺の右腕を切り落としたエンジ・ガーディーに復讐せずに、この街を去れるものか!」
同じく『屍人会』所属で、殺し屋精鋭部隊を率いる隊長ジョドーが、ピエールに食って掛かった。
「俺っちとお前、そして、残った部下だけで、四組織の兵隊を相手にするのは無謀だって話をしているんだぜ?」
道化師ピエールは、ジョドーに正論を口にする。
「そもそも、『皆殺しのマーダ』と『双刀斬鬼のネイ』の処刑執行を止めなかったお前にも、俺は疑問を持っているからな?」
ジョドーは、義手になった右手でピエールを指差す。
「あれが罠だって事に気づかない時点で、お前は冷静さを欠いているのさ。ここの少年領主、街を燃やした件で相当怒っているな。処刑執行阻止の為に動けば、俺っち達を一網打尽にする気だったぜ」
ピエールは、四組織同盟が結ばれた日、処刑が執行されていたのだが、周囲に幾重もの包囲網が敷かれている事に気がついて、救出を諦めたのだ。
ジョドーは、助け出して奴らの鼻を明かすべき、と主張したが、指揮権はピエールにあったので、却下されたのだった。
「クソッ!」
ジョドーは、腹いせに椅子を蹴り上げ、粉々にした。
「おいおい、椅子一つ調達にするのにも、部下が危険を冒す事になるのを、忘れるなよ? ──俺っち達は、ボスから兵隊を預かってここにいるんだ。残りだけでも生きて戻さないと後が怖いぜ?」
ピエールは道化師らしく、怯える演技をすると、ジョドーをからかう素振りを見せた。
「……」
いきり立っていたジョドーだったが、ボスの名を出されると、沈黙した。
余程、ボスが怖いのかもしれない。
「そういう事で、撤退の準備をするぜ? 全員、自分で歩け。重傷者はおいていく」
ピエールは、道化師姿で、非情な事を言いながらお道化て見せた。
これにはジョドーもムッとする。
「ボスから預かった兵隊なんだから、全員連れて帰るのが筋だろ!」
「ボスの役に立てるなら、死体の方がまだ、役に立つさ」
ピエールは、ジョドーに噛みつかれても、どこ吹く風だ。
「……」
ジョドーは、ピエールの非情さとボスの怖さに閉口する。
「わかったら、撤退だぜ」
ピエールは、自分の付けっ鼻を光らせて、ふざけた。
その場にいた部下達は、無言で、撤収準備に入るのだった。
「危ない、危ない。せっかく四組織同盟を結んでおいて、肝心の『屍人会』連中に逃げられたら、ここまで出張って来た俺達の意味が無くなるところだった」
『聖銀狼会』の紋章が入った布切れを頭に巻いた若い男が、深夜の街を移動する怪しい影を見下ろしていた。
周囲にも、同じように布切れを頭に巻いた連中がいる。
「レッキスの兄貴。同盟組織の連中はまだ、気づいていないみたいです」
部下らしき男が、若い男に告げた。
「よし、ネザーランドの親分に報告する時間はねぇ。俺達でやっちまうぞ!」
「「「おう!」」」
部下達は、待ってましたとばかりに、血の気にはやるのだった。
街灯もない裏通りは、月明りが頼りの暗闇だった。
そこを、『屍人会』の兵隊達が闇に紛れて、街からの脱出を図る。
だが、その撤収を阻んだのが『聖銀狼会』大幹部ネザーランドの部下、レッキスと部下である愚連隊のメンバーだった。
「お宅ら、『屍人会』関係者らしいじゃないか。この街は今、四組織同盟成立で出入り禁止だぜ?」
レッキスがニヤリと笑みを浮かべて、通せんぼする。
「……チッ。うるさいのに掴まった。──貴様、『聖銀狼会』のレッキスだな?」
レッキスの人相を知っているのか、殺し屋精鋭部隊長のジョドーが、うんざりした様子を見せた。
「俺も有名になったな、へへへっ。──じゃあ、その首を置いていきな。見逃すという選択肢は無いからな」
レッキスは腰に佩いてある短剣二本を抜き放った。
部下達も武器を構える。
「ネザーランドよりマシか。──野郎共、蹴散らすぞ」
ジョドーは動揺した様子はない。
それどころか、想定していた様子で、馬車に乗り込んでいた連中も準備万端とばかりに武器を手に降りてきた。
「用意がいいじゃねぇか!」
レッキスは嬉しそうに、身構える。
「こっちは囮だ。クソガキ共!」
ジョドーは、レッキスや愚連隊の事をよく知っているようだ。
仮にも『屍人会』の暗殺精鋭部隊を率いる人物である。
数で負けているとはいえ、若さに頼った勢いばかりの愚連隊相手に、引けを取らない。
部下達も完全装備だったから、数の劣勢を埋め合わせるには十分だった。
ただし、レッキスを除いては、である。
レッキスはまだ、十八歳くらいの若者だったが、異常なまでに素早く、変幻自在の短剣さばきで、ジョドーの部下相手に一歩も後に引かないどころか押していた。
愚連隊もその活躍に勢いを増す。
若い連中は雰囲気だけで力を増すから、嫌いなんだ。
ジョドーは内心で舌打ちをする。
「まだ、義手がしっくりきていないが、俺が相手になってやる」
ジョドーはレッキスを止めるべく、前に出るのだった。
ジョドーとレッキスの戦いは、互角だった。
洗練された殺しのテクニックを持ったジョドーと、無駄も多いが、若さと勢いで戦いの中、成長を見せるレッキス。
ジョドーが不利な点と言えば、義手に仕込んだ針剣がまだ、体に馴染んでいない事だった。
最初は、部下の戦いぶりを見る余裕もあったが、その場で成長を見せるレッキスに、舌を巻く。
「チッ。どうにもなくなった手首を返す動作をしてしまう。慣れるまで時間がかかるな……」
ジョドーは、舌打ちをすると不利を悟った。
「どうしたおっさん! 偉そうな口を叩いておいて、その程度かよ!」
若者らしい、軽口でジョドーを煽る。
「……時間だ」
ジョドーが、短く答えた。
その瞬間、狭い路地の四方から、煙が広がる。
「目くらましか!? お前ら! 味方同士でやり合う羽目になるから、防御陣形を取れ!」
レッキスの指示で、勢いが売りの愚連隊らしからぬ動きを見せると、味方同士背中合わせになった。
煙が路地を完全に覆い、剣戟の音が止む。
「……?」
レッキスは、目の前にいるはずのジョドーの動きを探るが、気配がない。
「あっ、クソッ! 逃げやがったな!」
レッキスはようやく、ここで、ジョドー達が逃走した事を理解した。
そして、頭に巻いていた布切れを取る。
そこから、耳がヒョコッと現れた。
どうやら、レッキスは兎人族らしい。
髪の色は黒、目の色は赤。
毛色こそ違うが、よく見ると、同じ兎人族のラーシュに面影が似ている。
「ネザーランドの親分に怒られる……。いや、おっさんは逃がしたが、部下は数人仕留めたから、とんとんかな?」
レッキスは、煙が晴れた路地裏に転がっている味方と敵を数えて、少し安堵するのだった。




