第874話 休憩中の会話ですが何か?
リューが牢屋から救出したシルバ・フェンリールのもとに、『バシャドー義侠連合』の大幹部三人は、毎日、訪問していた。
リューは仕事が立て込んでいるので、三人を相手していないが、シルバのもとには休憩時、リーンと共に足を運び、食事をしながら話をしていた。
「『聖銀狼会』の大幹部が到着したと報告があったよ」
リューはシルバの横に机を置き、リーンと一緒にサンドイッチを食べている。
「私もエンジ達から聞きました。領主殿が『竜星組』や『死星一家』を説得し、間に入るつもりだとか。裏社会の事にそんなに肩入れして大丈夫ですか?」
シルバは、命の恩人であるリューに対し、誠実な態度で対応するようになっていた。
「この街の問題だからね。『屍人会』に対し、僕も怒りを覚えているんだ。領民を巻き込んだからね」
リューは領主として満点の答えをする。
「……その為には、裏社会の組織ともつながりを持つと?」
「その言い方は聞こえが悪いなぁ。この街の『バシャドー義侠連合』にしろ、『竜星組』にしろ、自分達の街や縄張りを守るのは、表でも裏でも関係ないと思うんだよ。逆に聞くけどシルバは、この街が嫌い?」
「いえ……。自分を受け入れてくれた者達がいる街なので、恩返ししたいと思っています」
「それって、内から湧き出るもので打算や損得勘定での想いではないでしょ? 僕はこの街の領主になった時から、領民を家族だと思ってる。さすがに一万人以上の家族を養うのは大変だけど、もとから治めている街の領民も家族として扱っているから、その方針は変わらないよ。それが裏社会の者であってもね」
「……その家族の為に、汚れ仕事をする事になるかもしれないですよ?」
シルバはこの誠実な少年領主が、どこまで手を汚す気でいるのかわからなかった。
「午前の仕事で、処刑執行にサインをしたばかりだよ」
リューは真面目な顔になると、覚悟を口にした。
それは、先日の襲撃放火事件で捕らえた『屍人会』の者達に、責任を取らせる為の書類である。
「まだ、街の中に潜む連中もいるのだろうけど、彼らへの警告を含めて、一週間後の昼には処刑執行するよ」
「会合の日ですか……」
シルバはリューが領主として優し過ぎるかもしれないと思っていたが、そんな事は一切ない事を知った。
「うん。街への放火は重罪だからね。領民に死傷者も出ている以上、厳罰を以て処すのは当然だよ。それに、会合を上手くまとめる為でもあるし」
リューは計算もある事を示した。
シルバはリューの冷静な判断に内心舌を巻く。
そして、リューに対し、尊敬の念が芽生えつつあった。
見た目はまだ少年である。
しかし、シルバが求める主君像がそこにはあった。
冷徹さと温かさがバランスよく同居する人物は中々いない。
特に、有能で権力を持つ者には、だ。
権力を持つと変わる者は多い。
力を手に入れると守りに入り、以前のような人間性を失う者はよくいるからだ。
折角の才能も、手にした力を守る事に費やし、自分を見失う者は多かった。
バシャドーの街の領主になるという事は、大きな権力を手にする事と同義である。
だが、リューは小さな街の領主時代と変わらない感覚で、この大きな街を治めようと動いていた。
「参ったな……」
シルバはリューに、自分の理想像を見つけた思いだった。
シルバはエンジ・ガーディー達に、『バシャドー義侠連合』のボスになるようずっと勧められてきた。
だが、余所者である事、自分が上に立つタイプではない事、そして、何より、魔族の血を引いているので相応しくない、と断り続けていたのだ。
そこに、リューが理想の人物像として現れたのだから、まぶしく感じずにはいられなかった。
「シルバ、あなた、リューのもとで働く気はない?」
黙って二人の会話を聞いていたリーンが、突然、勧誘を始めた。
「え?」
シルバは驚かずにいられない。
どこの馬の骨ともわからない自分を、保護してもらっているだけでも驚きなのに、雇用しようとするとは、どうかしているとしか思えない。
「はははっ! リーン、シルバはまだ療養中なんだから」
笑ってリューが注意する。
そして続けた。
「君を雇いたいというのは、僕の意見でもあるんだ。ただ、助けた事を恩に着せるつもりはないし、今すぐ答えを出してとも言わないよ。体をしっかり治して、いろんな話がまとまった時、改めて、答えを聞かせてくれるかな」
リューは笑顔でお願いすると、サンドイッチの最後の欠片を頬張った。
そして、お茶で胃に流し込むと立ち上がった。
「リーン、それじゃあ、お昼の仕事に向かおうか。──シルバ、容体も良さそうだし、明日から、散歩も解禁するね。自由に城館内を歩いていいよ」
リューはリーンと共に、退室した。
「……どこまで、本音でどこまで計算なのだろうか……。いや、魔族の混血である私を雇うリスクを考えたら、破綻した計算なんだが……」
シルバはベッドの上で、嘆息するのだった。
「リーン、勧誘は早すぎるって」
リューは執務室で作業をしながら、愚痴を漏らしていた。
「そう? 心の揺らぎを感じたから、誘ったんだけど?」
リーンは、二人の会話からシルバの心が動いた瞬間を感じていたのだ。
「それでもだよ。まだ、ようやく、仲良くなったばかりだし、何より、エンジ・ガーディー達も誘う事を考えたら、やっぱり、早い」
「ごめんなさい。反省するわ」
リーンは素直に、謝った。
「シルバは魔族の血が流れている事や、余所者である事を気にしていると思う。見た目は獣人族なのにね」
リューはシルバを気に入っていた。
魔獣化した時の姿も含めてである。
「それだけ、魔族が恐れられているって事よ」
リーンは肩を竦めた。
リーンの指摘は間違っていない。
特に魔族とわかれば、容赦しない者は多いだろう。
それくらい、魔族の存在は恐れられ、嫌悪されている。
魔族が人間を見下し、容赦なく殺戮する残虐な行為が有名である事が理由の一つで、両者の間に、はっきりとした溝があるのは確かだ。
「魔族と人間との間には、凄惨な歴史があるからだろうけど、シルバは少なくとも魔族というより、こちら側の人間だよね。だからこそ、こちらにやってきたんだろうし」
「私もそう思うけど、魔族と聞いたら、恐れるというのが、歴史から学んだ結果よ」
「相手を尊重できない者は、同族でもお断りだけど、彼のような良心的な人物なら大歓迎だけどなぁ」
リューは結局、種族の違いより、価値観の違いが一番怖い、と肩を竦めるのだった。




