第868話 城館の秘密ですが何か?
新領主としてリューは、バシャドーの領民達に、現人神扱いで歓迎される事となった。
元々、領主就任について、お祝いするようなパーティーも行わなかったが、領民達が代わりに街を助けてくれた事も含めて祝う形になった。
「領民の楽しそうな声は寝室にも聞こえていたし、楽しんでもらえて良かったかな」
リューは数日寝たきりだったが、この日、ようやく体が動かせるようになっていた。
「体は大丈夫なの? きついなら、まだ、寝ててもいいのよ?」
リーンは母親のように、リューを甘やかす。
「はははっ。体中が筋肉痛みたいな感じは残っているけど、全然大丈夫だよ」
リューは背伸びをすると、少し、痛そうな顔をする。
「リューが休んでいる間、毎日、『バシャドー義侠連合』の三人が面会申し込みに来ていたわ。私の判断で断っておいたけど」
「うん、ありがとう。一応、領主としての見栄もあるから、寝台で横になった状態で面会するわけにはいかないよね」
リューは苦笑する。
「若様、この城館を、この数日、散歩して回ってみたけど、隠し部屋や通路、地下室なんかもいっぱいあるね。特に、地下は結構深くて、古い牢屋なんかもあったよ」
メイドのアーサが、二人の会話に入ってきた。
「「そうなの?」」
リューとリーンは初耳とばかりに、驚く。
「うん。他の侍従に聞いたら、代官が一部、利用していたみたい、って事も教えてくれたから」
アーサはいつの間にか、地元勤めの者達と仲良くなっているようだった。
「この城館、改築して新しく見えるけど、結構歴史があるみたいだね。入手した見取り図には書かれていない施設もあるから何となくそんな気はしていたけどさ」
リューも周囲を見渡す。
「それじゃあ、リューの体調回復の為に、今日は城内の散歩でもしてみる?」
リーンは隠し部屋の類に興味を持ったようだった。
「主、お宝が眠っているかもしれないですよ」
護衛役のスードもワクワクしている。
「さすがに代官が利用していたのなら、お宝はないんじゃないかな? まあ、これから生活の拠点の一つになるところだし、見て回ってみようか」
リューも冒険的なものは嫌いじゃない。
「それじゃあ、リュー着替えるわよ」
リーンが全身筋肉痛状態のリューをパジャマを脱がしにかかる。
「イタタッ! 一人で着替えるから、外で待っていてよ!」
リューはリーンと姉弟喧嘩のようなやり取りをすると、一同を部屋の外に追い出すのだった。
アーサの指摘通り、城館内には隠し部屋が複数あったり、その部屋を繋ぐ、隠し通路などもあった。
ほとんどは、埃が溜まっていたので、利用されていなかったようである。
「入手したここの見取り図は、表向きのものだったみたいだね。この部屋なんて、隠し部屋の分、間取りが広くなっているよ」
リューは見取り図にある一室を指差してリーンに説明した。
「この部屋と部屋の間も隠し通路が通っているけど、壁という事になっているわ。よくできているわね」
リーンも感心する。
「若様、あとは、地下室だけど、見取り図にある間取りでは宝物庫に貯蔵庫、氷室、拷問部屋に牢屋などが地下二階分に記されているけど、宝物庫の奥に更なる地下室があるみたいだよ」
アーサが横から見取り図を覗き込み、地下室を指差した。
「宝物庫に? 最初に確認した時は、気づかなかったなぁ……」
リューはアーサの説明に軽く驚く。
「それじゃあ、行きましょう!」
リーンは段々興が乗ってきて楽しそうである。
スードもノリノリで一同は、地下室へと向かうのだった。
宝物庫は、代々バシャドー伯爵までは、利用されていたのだろうが、降爵され、他所に転封された時に全て持ち出され、ほとんど何も残っていない。
棚や、空箱などが雑然としているだけである。
ただ、掃除は一応していたようで、埃はない。
「こっちだよ」
アーサが室内の左奥にリュー達を誘導する。
アーサが指さしたところは、コの字型の壁で仕切られた棚があるだけの場所だった。
横に燭台があり、その燭台をアーサが掴んで手許に引く。
すると、鈍い音を立てて、床が上がる。
「凄いでしょ? これを作ったのは、相当腕のいい職人だろうね。見ただけでは床に細工されているのがわからないくらい、精密な造りになっているから」
それを見破った自分は凄いでしょ? と言わんばかりだ。
だが、アーサの言う通り、最初きた時には、リューもリーンも気づかなった。
やはり、敵地に忍び込んで仕事をしていたアーサは、そういうのを見破る事にも才能があるようだ。
アーサが床板を上げて、向かいの棚に押し込むと階段が現れた。
そして、燭台を壁から外して、火を点ける。
「ボクが先頭で歩くね」
アーサは罠にも詳しそうだろうから、任せた方がよさそうだ。
「じゃあ、お願い」
「うん!」
リューが頼むと、アーサは嬉しそうに返事をするのだった。
隠し地下は、かなり深いところまで続いていた。
階段をずっと降りていたからだ。
そして、リューはある事に気づく。
「意外に足元に埃がないね。それに、空気も古くない」
「そうなんだよ。ボクもこの辺りまで来て、報告しようと引き返したんだけど、最近まで利用されていた形跡があるんだよね」
アーサもリューの言葉に同意する。
「地元の侍従達はこの地下室の事は何も言ってなかったわよね?」
リーンが不思議そうに周囲を見回す。
「代官が連れてきた侍従達が、宝物庫に出入りしていたみたいだという証言はあったから、ここを利用していたみたいだけどね」
アーサが重要と思われる情報を口にした。
「それは興味深いね……。あっ、到着したみたいだ」
リューは階段が無くなり、床になっている事に気づいた。
地下深くには扉が二つあり、一つは幾重もの鎖と鍵がかかっており、扉全体に魔法陣が描かれている。
かなり古いようで、長い間、放置されているようだった。
だが、もう一つの扉は、ノブが新しくなっており、利用されていた事がわかる。
「古い方は後日確認するとして、今日はこっちかな」
リューが利用されていた扉を開けた。
すると、天井の高い部屋が現れた。
そこは、机や椅子、クッションなどもあり、お酒や食べ物も置いてある。
だが、食べ物はこの数日放置されていたのか腐敗が進んでいた。
「僕が就任した辺りから利用されなくなかったみたいだね」
リューはカビの生えたパンを確認して判断した。
奥には扉があり、開く。
先には格子扉があり、壁にはびっしりと鍵がかかっていた。
どうやら、牢屋のようだ。
「上にも牢屋はあったのに、こんな地下深くにも牢屋があるのか」
リューは不思議そうに牢屋を見て歩く。
ほとんどは、使われていなかったが、いくつかは利用されていた痕跡が残っていた。
「これは非公式に利用されていたみたいだね」
リューはこの街の裏側、特に領主の闇の部分を垣間見た気がした。
「……リュー、一番奥の扉のある牢屋、人の気配があるわ」
リーンが警告する。
アーサも気づいて頷く。
リューはすたすたと扉まで歩いていく。
扉には、上と下に小さい窓があり、上は覗き窓、下は食料などを囚人に渡す小窓になっているようだ。
リューが覗き窓から暗い室内を確認すると、部屋の奥に人の形が微かに見えた。
アーサが、確認の為、下の小窓を開けて燭台を傾ける。
すると、ろうそくの火に照らされ、鎖に繋がれた人が確認できた。
「アーサ、鍵を持ってきて」
「うん!」
アーサは急いで鍵を取りに戻る。
リーンがその間に、照明魔法で辺りを照らす。
「少なくとも、一週間は飲まず食わずだった可能性があるよね?」
リューは覗き窓から、捕らわれている人物を見つめる。
「弱っているのは確かよ」
リーンは気配から感じる事を伝えた。
そこにアーサが鍵を持って戻ってきた。
リューは受け取ると、鍵を急いで開けるのだった。




