第867話 奇跡の人ですが何か?
リューとケンガ・スジドー、リーンとアキナ・イマモリー、そして、アーサとエンジ・ガーディーの三組が勝敗を決した頃。
リューは膨大な魔力を消費して魔法の詠唱を始めていた。
周囲では火事が延焼を続けており、消火が間に合っていない。
地元のバシャドー義侠連合をはじめ、領民達は延焼を避ける為、泣く泣く周囲の建物の破壊を優先する事になっていた。
「くそっ……。家族の思い出が詰まった家が……」
「代々盛り立ててきた商会が、俺の代で、火事で燃えてしまうなんて……」
「わーん! お母さん、お家が壊されるよー!」
火事で焼き出された商会や領民達は、自分の財産である自宅が燃え、壊されていく事に嘆く。
その時だった。
街の上空の雲一つない青空に、火事の黒い煙がかかっていたのだが、そこに水の大精霊であるウンディーネが現れるではないか。
美しい女性姿の水の塊であるウンディーネが、手にした水色の杖を上空に掲げた。
すると、見る見るうちに、青空に雲が生まれてくるではないか。
ゴロゴロゴロ……。
最初は薄い雲も、黒く雷を帯びたものに変化する。
ウンディーネは、厚い雲ができると、杖を街に向かって振り下ろす。
すると、火に焼かれ、暑く火照った領民達の頬に、一斉に雨が降り注いだ。
ザァー!
「あ、雨だ! 水の大精霊ウンディーネ様が、この街を救ってくださった!」
「いや、見ろ! ウンディーネ様の姿に紐みたいなものが付いているぞ? それを辿ると……、──あれは子供か?」
「本当だ……! あの少年がウンディーネ様を顕現させたのか!?」
大業火で燃える街をウンディーネが大雨であっという間に鎮火していく。
領民達は、焼け跡に集まり、この奇跡の瞬間を目撃した。
赤髪の少年、リューはしばらく上空に両手を広げ、雨が降るままに任せて膨大な魔力を注ぎ続けていた。
そこに、リーンが駆け付ける。
「リュー! 今度はウンディーネを具現化したのね!?」
前回、バンスカーとの闘いで、土の大精霊タイタンを具現化し、城壁の一部と共に、吹き飛ばすという荒業を見せたのだが、今度は水の大精霊の具現化だから、リーンも大いに驚くしかなかった。
「……火事は消えた?」
リューが、リーンに確認する。
「ええ。この豪雨で消えない炎はないわ」
「そっか、良かった……。じゃあ、あとはよろしく……」
リューは、掲げていた両手を降ろす。
そして、崩れるようにその場にへたり込むと、リーンが抱き留めた。
すると、上空のウンディーネは、リューのもとに下りていくように消える。
街の上空に現れた雨雲も、見る見るうちに晴れて、青空が広がるのだった。
「見たか、あの少年! あれはきっと現人神様だよ!」
「明らかにあの少年が、大精霊様を顕現し、火事を鎮火させてくれたのは確かだ!」
「ありがたや、ありがたや……」
過去に、ランドマーク本領でも街道整備するリューが崇められた事があったが、今回も同じ事が起きた。
誰もが天候を操る大精霊の元を辿って、リューを確認したからだ。
それを見ていない者達も、上空に現れたウンディーネの姿を確認している。
だから、この事象を信じない者はバシャドーの街にはいないのだった。
翌日。
バシャドーの城館。
リューは寝室で寝込んでいた。
前日のウンディーネの具現化で魔力の枯渇と、反動を受けて、動けなくなっていたのだ。
広い寝室には、リーンと世話係のアーサ、護衛のスードがいる。
出入り口には領兵が立ち、面会謝絶状態だ。
「ふぅー……。前回もだけど、大精霊の具現化は、負担が大きいね……」
リューは傍に座っているリーンに愚痴を漏らした。
「そのお陰で、街の大延焼を避けられたのよ。よくやったわ」
リーンは、今回のリューの活躍に満足そうだ。
「へへへっ。でも、成功してよかったよ。水属性については、限界突破していたから、やれるとは思っていたけど、ぶっつけ本番だったからね」
リューは苦笑する。
コンコン。
そこに、扉がノックされた。
護衛のスードが、扉を少し開けて、用を聞く。
「……わかりました。──主。表に沢山の領民が押し寄せているみたいです」
「リューは動けないから、私が行くわ」
リーンは立ち上がると、部屋を出ていく。
「今回の火事の被害は大きいだろうからなぁ……。その苦情かな? できるだけ、焼け出された人を援助しないといけないけど、まずは被害額の算出か……」
リューは動かない体で頭を働かせる。
だが、頭痛もあったから、それも、大変なのだった。
「みんな落ち着け! 領主様は、昨日の事で疲れて寝込んでいるそうだ! 苦情は俺達が聞くから!」
城館の前には、ケンガ・スジドー、アキナ・イマモリー、エンジ・ガーディーがおり、領民達を宥めていた。
「ケンガさん。俺達は苦情に来たんじゃねよ。お礼がしたくて来たんだ!」
「「「そうだ!」」」
領民達は、前日の奇跡のような瞬間を体験した事で、大精霊を顕現させたリューが何者なのか情報を集めていた。
そして、それが、新たな領主リュー・ミナトミュラー子爵だと知り、誰ともなく城館に集まってきたのだった。
よく見ると、領民達の手には、食べ物や、飲み物、宝石類、お金などがあり、中には奇跡の瞬間を木像として製作し、寄贈しようとしている職人もいた。
「お礼? ……それはわかったが、領主様は安静状態で俺達も面会を断られたのだ。今日は帰ってくれ!」
ケンガ・スジドーが大きな声で対応する。
そこに、城館の扉が開き、一人の綺麗なエルフが出てきた。
リーンである。
領民達が、その美しさにざわめく。
「みんな落ち着いて。新領主であるリューは、今、動けないから、従者である私から気持ちを伝えるわ。──持ち寄ってくれた物は、飲食物以外は受け取れない。飲食物については、城館の内庭を開放するから、そこでみんな楽しんで」
リーンはケンガ・スジドー達三人の前に立つと、通る声で集まった領民達に告げた。
そして、すぐに領兵や侍従達に城館内の飲食物も放出させた。
これはランドマーク家のやり方を、そのままマネしたのだが、リューの考えも同じだったのは言うまでもない。
この日、内庭では、集まった領民達でリューを祝うパーティーとなった。
だが、本人が寝込んでいるので気を遣い、暗くなる前には解散するのだった。




