第866話 殺し屋の激戦ですが何か?
リュー達が戦闘に入る前。
『バシャドー・ガーディアン』の事務所は、他の事務所同様、火に覆われていた。
エンジ・ガーディーの部下達は抵抗を続けていたが、すでに奇襲された段階で後手に回っていたし、火事の消火や領民の避難を優先した為、圧倒的劣勢に陥っていた。
そこへリューの最強メイド長のアーサ・ヒッターと、エンジ・ガーディーが、リューの次元回廊で送り込まれた。
「うちの事務所が燃えているようですね。部下もかなり数を減らされているようだ……」
エンジは、白髪、白眼の失明者なので、常に杖を手にしている。
ただ、エンジは魔力の流れが見える為、人や物質の周囲を漂う魔素(魔力の元)から物事を立体的に捉える事ができるので支障がない。
「これは酷いね。──君、エンジって言ったっけ?」
アーサは火に照らされながら、周囲を見渡し、味方の名前を確認する。
「そこにいたのか、エンジ・ガーディー! 俺の作戦遂行率を落としてしまうかと思ったぜ。呑気にメイドを連れて現れるとは馬鹿な奴だ!」
そこへ、黒仮面を付ける部下を率いた隊長らしき男が、エンジを見つけた。
「はい。私はエンジ・ガーディー。あなたはアーサ・ヒッターさんでしたね。なるほど、メイドと言っていましたが、私の目には、とてもそのようには映りませんよ」
エンジは、敵の隊長を無視して、アーサに答えた。
エンジの目には、アーサが魔力により、身体強化を図っている一流の戦士にしか映っていない。
「失礼だなぁ。ボクは若様の忠実なメイドだよ? 厳密にはメイド長だから、結構、偉いんだからね?」
アーサも敵の隊長を無視して、エンジに言い返す。
「貴様ら、俺を無視するとはいい度胸だな! 俺は『屍人会』の殺し屋精鋭部隊を率いる『殺戮完遂のジョドー』。俺に狙われて生きていた奴はいない。エンジ、貴様は今日が命日になる。残念だったな!」
ジョドーは、エンジに死刑宣告した。
「メイド長でしたか。あなたのご主人の人選は、よくわからないですね……」
エンジはまたも、ジョドーを無視した。
「若様の人選は完璧だよ。ボクは今の仕事が楽しいからね。──君、人のよさそうな言葉遣いだけど、その杖からは血の臭いしかしない。それ、仕込み剣だよね?」
アーサも示し合わせたかのように、ジョドーを無視して話を進める。
エンジはアーサの指摘に、軽く驚いた。
指摘通り、手にしている杖は特殊な仕込み剣が内蔵されているからだ。
それも、血の匂いを嗅ぎ分けたのだから、身体強化は嗅覚も強化されているらしい。
「あなた、元同業者ですか。驚きました」
エンジは領主のメイドがまさか、元同業者とは思っていなかった。
厳密には『元』ではなく現役と言った方がいいだろう。
アーサにしてみると、メイドがメインの仕事であり、殺し屋業は、副業と答えるだろうが……。
「いい加減にしろよ、貴様ら! そっちのメイド、大目に見てやろうと思っていたが、考えが変わった。……二人とも切り刻む!」
ジョドーは無視され続ける事に怒りを露わにした。
「「やっとその気になったか」」
アーサとエンジが声を揃えて、ようやくジョドーに反応した。
二人ともジョドーとその部下を舐めていたわけでない。
どちらかというと、相当な精鋭と見て、警戒していたくらいである。
だから、二人は敢えて無視し、挑発する事で少しでもこちらに優位に運ぶように仕向けたのだ。
二人とも同じ考えだったのは、同業者故だろう。
ジョドーは部下達に手で合図を出す。
その瞬間だった。
ジョドーの側にいた腹心二人が、身を反らして倒れる。
小さい投げナイフが仮面を貫いて、眉間に深々と突き刺さっていた。
隙を見てアーサが先制攻撃を加えたのだ。
「これで厄介そうなのが減ったね」
アーサがニヤリと笑みを浮かべ、支給されていたドスを抜く。
「くそっ! 油断するな! こいつらの見た目に騙されると痛い目に遭うぞ!」
ジョドーは、歯噛みすると、自らも針のような剣を抜く。
敵の主力を不意討ちで仕留めたアーサは、エンジと共にジョドー率いる殺し屋精鋭部隊と、殺し合いに入った。
アーサもエンジも人体の事をよく理解した戦い方を行う。
手足の腱を断ち、急所を突き、無駄な動きは一切ない。
敵は動きやすそうで、なおかつ丈夫そうな鎧に身を包んでいたが、二人とも隙間を狙って的確に仕留めていった。
「エンジ・ガーディーが強いかもしれないとは聞いていたが、このメイドの強さは何なんだ!?」
ジョドーは精鋭の部下が次々にやられていくのに、唖然とする。
だが、ようやくジョドーも冷静になった。
「全員、組み直せ! 『決死』だ!」
ジョドーが不意に部下達に命令を下す。
アーサとエンジには意味不明だったが、部下達は、二人一組になっていく。
「たった二人相手に、必死じゃないか」
アーサが呆れた様子を見せる。
「もう挑発には乗らんぞ。──やれ!」
ジョドーの命令で、二人一組の部下がアーサ達に襲い掛かった。
殺し屋達は、二人縦に並んで向かってくる。
一見すると無防備に見える突撃だ。
アーサが先頭の殺し屋の脇の下に、ドスを突き刺す。
「ぬ、抜けない!?」
アーサが初めて動揺した声を上げる。
刺された殺し屋は、ドスを握ったアーサの手首を掴んだまま、死んで動かない。
その間に、もう一人が、アーサに襲い掛かった。
「なんてね」
アーサが不敵な笑みを浮かべると、ドスの効果を発動した。
ドスは、柄と刃の間から黒い光が漏れると刃のように飛び出した。
闇の刃は、アーサの手首を掴んだ手を、回転して斬り落とす。
そして、ドスの刀身を闇の刃が覆って剣のような形状になった。
アーサは闇の刃を翻し、襲い掛かった殺し屋を鎧ごと切り伏せる。
「魔剣!?」
あまりの切れ味に、ジョドーどころか、隣で戦っていたエンジもこれには驚く。
「若様から貰ったボク専用のドスさ。いいでしょ?」
アーサは自慢してみせるのだった。
二人が精鋭部隊を片付ける事により、ジョドーとエンジがサシで勝負できるところまで持ち込む事ができた。
「エンジ、頑張れ~!」
アーサが気が抜けるような応援をする。
だが、その姿は、火事で舞い上がる煤で汚れ、戦いのせいでボロボロになっていた。
『屍人会』の精鋭殺し屋部隊も伊達ではなかったという事である。
「うちの部隊をここまで減らしたのは、貴様達が初めてだ。だが、サシなら負けない。貴様を仕留めて、作戦を完遂する」
ジョドーは、針の剣を構えた。
エンジは、仕込み剣を逆手に握ると、縦に構える。
剣先が下だ。
ジョドーは深く息を吐くと、次の瞬間、目にも止まらぬ突きを繰り出していた。
エンジはあまりの速さに反応が遅れたが、手首を返す事で仕込み剣の刃を微妙に動かし、剣先を反らす。
ジョドーの針剣の剣先は、エンジの脇腹を貫くが致命傷にはならない。
ジョドーが、
「ぎゃっ!」
と短く悲鳴を上げると、針剣を握った右腕が、肘の下から地面に落ちた。
エンジは仕込み剣で敵の攻撃を微かに反らしつつ、切り上げると動作で腕を斬り落としたのである。
ジョドーは、背後に飛び退ると、部下達が急いで立ちはだかった。
「……退くぞ」
ジョドーが、アーサにほとんど倒され、戦えなくなっている数名の部下に撤退を命令する。
「あれれ? 作戦を完遂しなくていいのかい?」
疲れ果てて、実はもう動けないアーサが、軽口を叩いて挑発した。
「くっ!」
ジョドーは悔しそうな表情を浮かべると、部下に守られながら撤退するのだった。




