第865話 やりづらい相手ですが何か?
リューがブチギレて戦闘に入る前。
リーンは、アキナ・イマモリーが代表を務める『バシャドー商人護衛連隊』の事務所にアキナと共に、駆け付けていた。
事務所はすでに爆散し、炎上している。
そして、周囲では、アキナの部下達が襲撃者達と戦闘を行っていた。
だが、襲撃という先制攻撃と、数的有利を活かしている襲撃犯達が、残った者達を囲んで一方的に惨殺しているというのが、正解かもしれない。
部下達は、火事に巻き込まれた者達を守りながらであったし、領民達を人質に取られると為す術がない。
襲撃犯が何でもありなのに対して、街と領民を第一に守る事を優先している彼らとでは、条件が違い過ぎた。
「あいつら、好き勝手してくれるじゃない! ──おい、クソ共! アキナ・イマモリーはここだよ! かかってきな!」
アキナは、大声で敵に自分の存在を知らせた。
「おっ? ビビッて逃げたのかと思えば……、単にすれ違いだったみたいだな」
襲撃犯達に命令を下していた道化師姿の男が、火事の煙で全く煤けていないアキナの姿を確認して、ニヤリと笑みを浮かべた。
背は百八十センチほど、体形は太っている。
「ふぅ、良かった。襲撃は失敗に終わるかと思いましたよ。『屍人会』と協力しての大掛かりな襲撃なのに、失敗したらボスに合わせる顔がないところです」
道化師の横に、今度は眼鏡をかけ、黒色の背広を着た高身長、体の線が細い男が立つ。
両手には、爪剣と呼ばれる刃物が握られていた。
「『屍人会』の賑やかしと、『新生・亡屍会』の格下殺し屋というところかしら?」
リーンがアキナ・イマモリーの前に出ると、道化師と眼鏡を交互に指差した。
「ケケケッ! 俺は『屍人会』の何でも屋さ。名は名乗らないぞ? 死ぬ奴に聞かせても意味がないからな」
道化師は、舌を出してリーン達を挑発する。
「私はその逆ですよ? ──これから死ぬ者には名を知ってもらい、絶望の中で息絶えるのを見るのが楽しいので。──私の名は、『血しぶきのシーザ』。『新生・亡屍会』に最近所属したばかりの殺し屋です」
爪剣を握った手で眼鏡をクイッと上げた。
「『血しぶきのシーザ』!? 現場を血で汚すのが好きなクソ野郎じゃないか!」
アキナはシーザの名を知っているらしく、嫌な顔をした。
どうやら、一部で有名な殺し屋らしい。
「ほほほっ。私も『バシャドー商人護衛連隊』の代表に知られるくらいには、有名になりましたか」
満足そうにシーザは笑みを浮かべた。
「ケケケッ。自己紹介は終わりか? ──そっちのエルフは数に入っていないが、厄介そうだな。俺っちが引き受けよう」
道化師は、標的であるアキナを、同盟を結んでいる『新生・亡屍会』の殺し屋に譲る事にした。
いや、殺し屋シーザでは、リーンに勝てないと見抜いたのかもしれない。
「いい度胸じゃない」
リーンは、腰に佩いている『風鳴異太刀』を抜く。
アキナも反り刃の大きな剣を抜いた。
それが合図だった。
高身長のシーザが身を丸め、アキナに襲い掛かる。
両手の爪剣が変幻自在な軌道を見せた。
一見すると非力そうなアキナに、反り刃の大きな剣は重そうに見えたが、片手で難なく振るうと、シーザの爪剣を弾いた。
「なっ!? ──この馬鹿力め!」
想像よりはるかに強い衝撃に腕が痺れたシーザは、悪態を吐く。
「なんだい? 私が、か弱い女性にでも見えていたのかしら? 残念、義侠連合の中でも一番の力持ちさ!」
元々、筋肉質のアキナだが、それも伊達ではなかった。
文字通りの剛剣で、高速の剣技を振るうシーザの攻撃を、重い一撃で跳ね返していくのだった。
「シーザが、アキナ・イマモリーを仕留める間、相手をしてやろう、かかってきな。ケケケッ」
道化師は、三本のナイフを片手でジャグリングしながら、リーンを挑発した。
「……《《どこから》》そのナイフを出したの?」
リーンは道化師がいつの間にかナイフを手にしていたので、怪しんだ。
先程までは、何も持っている様子が無かったからである。
「俺っちは道化師だぜ? 手管のタネを教えてどうするのさ」
道化師は化粧した口元に笑みを見せた。
「……(マジック収納持ちなら、出す直前予備動作があるはずなのに……)」
リーンはリューがマジック収納の出し入れを毎日見ているから、その特徴は良く心得ていた。
しかし、この道化師はその予備動作がなかったから、どこかに隠していた事になる。
道化師の恰好は、道化師の基本である薄着の一枚に上から腰布を纏っているだけだった。
「ケケケッ。腰布には何も隠していないぜ?」
道化師は、リーンの心中をあざ笑うかのように、腰布を外してひらひらと仰いで見せた。
「そっちから来ないなら、俺っちから行くぜ?」
道化師が動いた。
手にしていた腰布をリーンに向かって投げる。
腰布は、そんなに大きくないものだったはずだが、リーンの眼前を覆い隠すには充分の大きさに広がった。
そして、次の瞬間、その腰布を突き破って無数のナイフが飛んでくる。
「!」
リーンは至近距離で飛び出してきたナイフを、手にした『風鳴異太刀』で次ぎ次に弾き落としていく。
そして、広がった腰布も一閃した。
腰布は両断されてひらひらと地面に落ちる。
次の瞬間、腰布が土魔法の『岩槍』に変化し、リーンを襲った。
リーンは後方に飛ぶと、間一髪で躱す。
「こちらの手のうちがわからない間に、仕留めようと思ったが、駄目だったか。ケケケッ」
道化師は全く残念そうではない。
最初から殺気を感じない攻撃に、リーンは厄介さを感じていた。
戦闘においては、殺気から攻撃の意図を感じて対応するのだが、この道化師はそれが全くないのだ。
無数のナイフもどこから出したのか手の内が読めなかった。
「まだ、そっちから仕掛けてこないのか?」
道化師は、また、リーンを挑発する。
リーンは手の内のわからない相手を、恐れる事無く前に出た。
『風鳴異太刀』が鋭い風音を鳴らして道化師を襲う。
「ひえっ!」
道化師は怯える素振りを見せると、すでに無くなっていたはずの《《腰布》》を左手で掴み、またもリーンに向けて広げた。
リーンは道化師の姿を隠す腰布を、そのまま両断しようとした。
だが、その腰布は、いつの間に水を染み込ませていたのか、『風鳴異太刀』に絡みつく。
「!」
リーンは絡みつく腰布をそのままに、刀を構えて道化師を姿を追う。
道化師はいつの間にか、後方に飛び退っており、リーンとの間に距離を取っていた。
「怖い、怖い。直接戦ったら、勝てそうにない動きだ。ケケケッ」
道化師はお道化てみせる。
「……どこから腰布を出したの?」
リーンはまた、不思議な手管に疑問しか残らない。
「それを言ったら、道化師の仕事が無くなるぜ。ケケケッ! ──ひょい!」
道化師は笑って見せると、ナイフを持った右手で、何かを引っ張る動作をする。
すると、リーンの後方に落ちていた無数のナイフが、何か意思を持ったようにリーンの背中を襲う。
だが、心配はいらなかった。
背中に刺さる寸前で、リーンは風魔法により、無数のナイフを巻き上げたのだ。
「細い糸が結び付けられていたのは、この為ね。私、目がいいのよ」
リーンは最初から道化師の手管の一部は見破っていたのだ。
「ケケケッ。残念。俺っちの仕事のタネが見破られると厄介だ。それに、あっちは勝負がついたから、帰るよ」
道化師は、残念そうに大袈裟な溜息を吐く。
そう、アキナ・イマモリーが、殺し屋『血しぶきのシーザ』に勝利したのである。
「逃げられると思っているの」
リーンが前に出る。
「俺の名は、ピエール。『道化師のピエール』だ。次会う事があったら、その時は仕留めてやるぜ。──ひょい!」
道化師は、いつの間にか手にしていた煙玉を地面に叩きつけた。
すぐに、白い煙が一面に立ち込める。
「私は風魔法が得意なのに、そんな小細工が通じると思っているの?」
リーンは風魔法で突風を起こすと、すぐに煙を払って見せた。
だが、煙が払われると、そこには黒い靄が残っている。
道化師は二段構えで、煙玉に隠れて、闇魔法を使用していたのだ。
リーンは急いで闇魔法の靄も再度、風魔法で払う。
だが、靄が消える頃には、道化師は部下達と共に、姿を消しているのだった。
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