第864話 憤怒ですが何か?
リューの怒りは相当なものだった。
バシャドーの街は、それこそまだ、領主就任からそんなに経過していなかったが、父ファーザから与力の自分に与えてくれた大切な街である。
その街の領民が火に巻かれ、家を失い、もしかしたら命を失う者が出ているかもしれない状況だ。
領民を家族として大事にするリューにとって、放火は許せないものだった。
「ミナトミュラー子爵! 少し落ち着いてくれ。こいつらは俺が代償を支払わせるから!」
本来の敵の標的である『バシャドー義侠連合』の大幹部ケンガ・スジドーが、自分も怒り狂っていたのを忘れて、リューを宥める。
領主に何かあったら問題になるからだ。
「こいつらは僕が落とし前をつけさせる!」
リューは魔法収納からドスを取り出した。
得物である『異世雷光』だ。
リューはドスを握りしめると、雷が迸る。
静電気によってリューの赤毛が逆立ち、燃える街を背に憤怒する姿は、まるで不動明王でだった。
「なんだ、このガキは!? 部下共を吹き飛ばしたのはこいつかい!?」
『双刀斬鬼のネイ』は、爆風で転んでいたから、立ち上がった。
「うちの部下共をやってくれたのは、貴様か!」
同じくマーダも前回に続き、計画を台無しにされた事に怒り、起き上がる。
「三下が吠えるな!」
リューは一言、告げると、二メートルを超える巨体のマーダの前に一瞬で移動した。
この技は、豪鬼会のボスだったゴーキの技である。
マーダは本能的に短剣を身構えた。
そこにリューがドス『異世雷光』を一閃する。
マーダの短剣は、金属音を鳴り響かせると真っ二つに折れ、マーダ自身もドスに斬られた。
刃傷から血を噴出させる。
「グハッ!」
マーダは名工が作った短剣で咄嗟に防いだ分、即死の傷ではなかったが、それでも致命傷になりうる深い傷を負ってその場に倒れた。
あまりに一瞬の事で、『双刀斬鬼』の異名を持つ幹部ネイも、一瞬唖然とした。
だが、慌てて背後に飛んで距離を取り、手にしていた双刀に火魔法を宿らせた。
魔法剣である。
「火魔法……。という事は、ここ一帯に放火したのは、……お前か?」
リューは雷を帯びた状態で、ネイに向き直る。
ケンガ・スジドーは、あまりに一瞬でマーダを倒した新領主に、呆然としていた。
「チッ! とんだ化け物に当たっちまったよ! ──お前は一体何者だい!?」
ネイは、つばを吐きだして、リューに正体を問う。
「聞いているのはこっちだ。街に火を点けたのは、お前か……?」
リューは、ギロッとネイを睨む。
「あ、ああ……。ここ一帯は私の役目だったからね。そっちも名乗りな!」
ネイはリューの迫力に圧倒されながらも、退かない。
「死んで詫びろ」
次の瞬間、リューがまたも、一瞬でネイの目の前まで移動すると、またもドスを一閃させる。
ネイは、マーダがやられる瞬間を見ていたから、咄嗟に双刀を交差させて防ごうとした。
だが、リューのドス『異世雷光』は、双刀を断った。
ネイの双刀は、かなりの業物で魔剣と呼ばれる類のものだったが、それでも『異世雷光』の切れ味に耐える事ができなかったのである。
ネイは吹き飛ばされながら無傷だった。
しかし、絶対的な信用をもっていた愛刀だったから、二本とも簡単に折られて、腰を抜かし、その表情が恐怖に変わる。
リューが、憤怒の表情そのままに、ドスを再び身構えた。
その瞬間である。
ケンガ・スジドーがネイとリューの間に飛び込み、護衛のスードが、リューを背後から羽交い絞めにして止めた。
「主、落ち着いてください! 相手はすでに心が折れています! 捕縛してこの件の責任はきっちり取らせましょう!」
スードが大声で叫ぶ。
その言葉でようやく、リューはピタリと動きを止めた。
「ふぅー……。スード君、止めてくれてありがとう……。リーンがいないから、危ないところだった」
リューは深呼吸すると、体に帯びていた雷も収まる。
「驚いたよ。領主様はとんでもない人だな……。──あっ! あんた、もしや……、いや、今は止めておこう。急いで消火と部下達の治療が先だ」
ケンガ・スジドーは、リューの化け物のような強さに脱帽するのだった。
「僕達はまず、消火だね。この火の勢いはヤバいかもしれない。延焼を避ける為、周囲の建物は破壊するしかないかも……」
リューは炎の勢いを危惧する。
上位水魔法で消火すればいいのではないかと思うが、あれはあくまで攻撃魔法の一つである。
火事の消火に使用するのはリスクが大きい。
周辺の領民を巻き込みかねないからだ。
消火する為の放水魔法は、大した威力はなく、ここまでの大火には焼け石に水かもしれなかった。
「うーん……。どうしたものか……。《《あれ》》を試してみてもいいけど、使用したら反動が大きいのは、以前に使ってわかっているからなぁ……」
リューは炎に照らされながら、考え込む。
その間、ケンガ・スジドーは駆け付けた部下に指示をして、負傷者を運び出し、『屍人会』の連中も生存者は捕縛する指示を出した。
リューが出合い頭に使用した魔法で、かなりの死傷者を出していたからである。
「悩んでいる暇はないな。リーンがいないから、暴発した時が心配だけど、この火事を放っておくと領民の財産と命が守れない」
リューは相当悩んだ末、決心した。
スードは何のことかいまいち理解していなかったが、リューが何かとんでもない事をしようとしているのはわかったから、黙って見守る。
「スード君、失敗した時は、僕の事をよろしく。今から、とっておきの魔法を使うよ。なるべく周囲を巻き込まないようにするつもりだけどね」
リューはスードにお願いすると、膨大な魔力を消費しながら、魔法の詠唱を始めるのだった。




