第863話 さすがにキレますが何か?
リューはようやく、バシャドー裏社会をまとめる『バシャドー義侠連合』の大幹部三人と面会する事になった。
各自、単体で会ってはいたが、三人揃うのは初めてである。
それに、新領主の部下として働く事になったアキナ・イマモリー以外は、じっくり話した事がない。
どこまで腹を割って話すかが、今回、面会の焦点になりそうだった。
「領主様、みなさんが応接室でお待ちです」
領主邸で元から働いていた侍従の一人が、執務室で書類に目を通すリューへ、報告に来た。
「おっ! いよいよだね」
リューは嬉しそうに席から立ち上がる。
「ふふふっ。三人共、リューが好みそうな人物だものね」
リーンもリュー同様、嬉しそうだ。
護衛のスード、そして、メイドのアーサも応接室で準備をする為、リューに付き従うのだった。
四人が応接室の前に到着する直前、一人の男が、
「急いでいるんだよ!」
と領主邸の従僕達をかき分けてやってきた。
応接室の扉をリュー達の目の前で勢いよく開ける。
「親分方大変です! みなさんの各事務所が襲撃を受けています!」
男はどうやら、義侠連合の人間のようだった。
「「「何!?」」」
仲介役のアキナ・イマモリーをはじめ、ケンガ・スジドー、エンジ・ガーディーの三人は慌てて立ち上がると、応接室から飛び出す。
そして、リュー達と鉢合わせになる。
「領主様、すみませんが、また、別の機会にお願いします!」
アキナ・イマモリーが三人を代表して、リューに謝った。
「良かったら送りますよ。僕も領主として、街の治安を守る義務がありますから」
リューは、玄関に向かおうとすると三人を呼び止める。
「うちも馬車で来ているから、大丈夫だ」
エンジ・ガーディーが、見えない目をリューに向けた。
その目は、物は見えないが、魔力は見えているので、魔力を持つ人がわかる。
それに、自然界に漂う魔素(魔力のもと)の流れで、ある程度の物質の存在も把握できるから、歩く事に困る事はなさそうだ。
一応、杖を持っていたが、それは念の為かもしれない。
「馬車よりも早いので、塔に上がって、どの辺りか教えてもらえます?」
リューは落ち着いた様子で三人に移動を促した。
領主邸は、城館であり、街内の北東に位置する小高い丘にある。
城館を囲む城壁には四方に塔があるので、そこから街を見下ろす事ができた。
「……わかりました」
エンジ・ガーディーが、リューの言葉で何か理解したようで、同意する。
ケンガ・スジドーは、困惑していたが、エンジ・ガーディーが言う事なので、渋々頷く。
一同は、塔を上がり、街を見下ろせる高さに出た。
すると、街の数か所で煙が上がっている。
そして、丁度、三か所で爆発が起こり、同時に炎が上がった。
「あっ! クソッ! ──爆発が起きたところが、俺達の事務所辺りだ!」
ケンガ・スジドーが、三人の中で目がいいのか、すぐに街の一部を指で差し示した。
「わかりました。──リーンはアキナと同行。アーサはエンジ・ガーディーと。僕とスードはケンガ・スジドーに同行する。いいね?」
「「「うん(はい)」」」
リューは、返事を聞いた瞬間に『次元回廊』を開くと、リーンとアキナの手を問答無用で掴み、現場に送り込む。
続いて、アーサと驚くエンジ・ガーディーの手を掴み、
「近くの十字路に送るよ。そこにあらかじめ、出入り口を作っておいたからね」
と声をかけ、送り込んだ。
「裏歓楽街の出入り口に行きます。いいですね?」
「おうよ、頼む!」
ケンガ・スジドーも驚いていたが、好奇心が勝っているのか笑みを浮かべて、手を差し出す。
リューはその手を掴むと、護衛のスードと共に、裏歓楽街の出入り口まで一瞬で移動するのだった。
ケンガ・スジドーの『喧嘩屋義侠団』事務所は、裏歓楽街の端に事務所がある。
そこは、裏通りの突き当りに位置するので、観光客は近づかないし、近づけない。
そこまで、人通りがほとんどないうえ、強面の男達がすぐに止めるからだ。
だが、駆け付けたリュー達の眼前には、多くの人だかりができていた。
「道を開けろ! 消火班は安全を確保して周囲に火が移らないように手配してから消火に当たれ!」
獅子人族のケンガ・スジドーは脳筋というわけではなく、状況を把握すると指示を出しながら、進む。
事務所の手前では、『喧嘩屋義侠団』の部下達が負傷して何人も倒れている。
ケンガ・スジドーは唇を噛み締め、それらを跨いで進んだ。
事務所はすでに火柱を上げている。
その前には、見覚えある男が、炎上する建物を背景に多くの部下を引き連れて立っていた。
「どこに隠れているのかと思ったら、ただの留守だったみたいだな。まあ、そっちからきてくれて、探す手間が省けた」
「『屍人会』のマーダだったか……? こんな事してただで済むと思ってんのかコラァ!?」
ケンガ・スジドーは怒りに震える拳を握りしめて、一度、倒した相手を怒鳴りつけた。
相手は、賭場の戦いで一度は倒し捕縛した、『屍人会』幹部である『皆殺しのマーダ』だったのだ。
あの時は、代官が勝手にすぐ釈放させた為、その後の行方はわからなくなっていた。
そして今回は、前回のミスを反省したのだろう、最初から沢山の部下を引き連れており、今回も計画的な襲撃である事がわかった。
「こっちは前回、貴様に恥をかかされているからな。今回は、きっちり落とし前をつけさせてもらうぞ!」
マーダは『屍人会』の幹部という事で決して弱い相手ではない。
それどころか、かなり強い部類だろう。
それをサシで倒したケンガ・スジドーが強すぎるだけなのだが、前回の戦いでは、『死星一家』の幹部ゴーザや、リューの助っ人もあって、罠を張ったはずのマーダが結果的に負けていた。
しかし、それが無かったら、数で圧倒してケンガ・スジドーの方がやられていた可能性もある。
それくらい厄介な相手だ。
そして、今回、リューがざっと見る限り、マーダの背後には百人以上の部下がいた。
それに、マーダの横には、もう一人、フード付きマントを被った人物が立っている。
「あんたが、うちのマーダがお世話になったっていうケンガ・スジドーかい? 私は『屍人会』幹部の一人、『双刀斬鬼のネイ』というものさ。幹部二人で相手してやるから、名誉に感じてあの世に逝きな!」
フードの人物が宣言すると、マントを取る。
大柄なマーダと比べると小さいが、それでもかなり大きい部類の女だった。
マーダが一度負けたという事で、数だけでなく、さらに追加で幹部を一人送り込んでくる念の入れようだ。
その瞬間である。
『屍人会』幹部二人の後ろで、武器を持って集まっていた連中百名以上の猛者達が、突然、火と土の混合魔法による爆発で吹き飛んだ。
これには、マーダとネイも予想できず、リューとケンガ・スジドーの前に爆風で体勢を崩すと転んで倒れた。
「人の街で何してくれてんだ、三下共……。──そっちこそ……、ただであの世に逝けると思っているのか!」
足元に倒れている二人を見下ろして、リューが震えながら怒声を上げる。
普段は、冷静なリューだったが、自分が治める事になった街に火を放ち、領民の危険を招いた二人に対し、ケンガ・スジドー以上にブチ切れるのだった。




