第862話 留守中の部下達ですが何か?
リューはバシャドーの街の仕事にかかりっきりになっていた。
その間、学園には届け出を行い、休んでいる。
マイスタの街も腹心のランスキーを始め、執事のマーセナル、商会長代理のノストラ、『竜星組』の組長代理マルコ、総務隊のルチーナ、元暗殺ギルドの長で現在は相談役のミザールなど、大幹部や主要なメンツが話し合いで滞る事無くまとめていた。
「部下の報告だと、バシャドーの裏社会は『屍人会』、『新生・亡屍会』の攻勢にさらされているらしい」
マルコがバシャドーの街に設置している事務所からの報告を、マイスタの街長邸会議室に集まった一同に伝えた。
「若が人手の欲しい時の為、領兵から刺客、組員や間者に至るまで即応できるように準備しているが、そろそろかもしれないな」
ランスキーが腕を組んだまま、勘を口にした。
「若は今回のバシャドーの問題、『竜星組』や刺客の類は使わねぇんじゃないか?」
ノストラがバシャドーの様子は従業員から知らせを受けていたので多少把握していた。
「なんでそう思うんだい?」
ルチーナが理由を求める。
「若は新領主として、バシャドー入りしているからなぁ。余所者を援軍で呼び寄せたら、地元の連中は納得しないだろ。俺達が余所者を警戒するようにさ」
「……なるほどねぇ。でも、バシャドーは他所者が多い街だって聞くから、大丈夫そうな気もするけどねぇ?」
ルチーナはノストラの意見に理解を示しつつ、意見を出した。
「いえ、バシャドーの街は、余所者が多いからこそ、地元の連中の結束が強いんですよ。間者としてあの街には何度も行ってますが、すぐに『どこの間者だい?』と領兵に職質された時にはビビりましたよ。嘘を吐こうにも周囲の住民も俺の顔を見て頷いているし」
間者兼サンドラ商会会長を務めているサン・ダーロが、「あそこは異常です」と漏らした。
「ですが、『屍人会』『新生・亡屍会』を、地元の『バシャドー義侠連合』単体で迎え撃つのは難しいと思います。やつらが狙ったからには徹底的にやると思いますよ」
元『屍黒』の大幹部で、現在はマルコの腹心であるクーロンが、情報通なので口を挟んだ。
「そういえば、お前のいた『屍黒』は、あの一帯を縄張りにしていたよな」
マルコが、思い出したように、指摘した。
「へい。ですが、バシャドーの街だけは、うちの縄張りではなかったです。あそこの連中は、地元愛の強い武闘派集団ですからね。脅しや実力行使では首を縦に振らないんですよ」
「わははっ! 増々、うちの街の連中に似ているじゃないか!」
ランスキーが嬉しそうに笑う。
「ここはここで異常ですけどね。街の人間のほとんどが、裏社会関係者と縁続きなんて、普通ありえないですよ」
クーロンは外様の幹部だから、マイスタの街やバシャドーの街が、他とは全然違う事をよく理解していた。
「バシャドーの街の場合、表社会と裏社会はうまい事分かれていますが、街の出身という事で一致団結する点で、この街とよく似ています。余所者にとってその雰囲気が手を出し難くて怖いという事は同じですね」
同じ外様の幹部サン・ダーロもクーロンに同意して肩を竦める。
「若がその街をどう治めるか楽しみだが、心配ないだろう。とにかく若の必要に応じて各自人を派遣できるように、準備をしておくに越した事はない」
ランスキーが全員に言い聞かせた。
この辺りはやはり、リューの腹心であり、マイスタの古株である。
大幹部は全員、ランスキーが『闇組織』現役幹部時代の怖さを知っているから、聞き分けがよかった。
「ランスキーの旦那が言うなら、それに従うさ」
総務隊のルチーナが、肩を竦める。
ルチーナは特に、ランスキーの勧誘で裏社会に入っているから、頭が上がらない。
頭が上がらない点では、ノストラやマルコも同じだったが、大幹部全員がランスキーに一目置く事で、他の幹部達もランスキーにはリューの次に従う事が徹底されていた。
「……次に、『聖銀狼会』も動きが慌ただしくなっているらしいな?」
ランスキーは話がまとまった様子なので次の問題に移る。
「へい。部下の報告では、兵隊を動員しているようです」
サン・ダーロが間者として報告した。
「このタイミングで何をする気だい、あそこは? うちとは停戦協定を結んでいるのよね?」
ルチーナがマルコに確認する。
「もちろんだ。それに孫のラーシュがノストラの傍で商人として修行中の身だから、あっちも下手な動きは控えてくれていると思うのだがな」
マルコが細い目をさらに細めた。
「ラーシュはミナトミュラー商会の従業員だから、裏社会とは関係ない。『竜星組』との繋がりも避けているしな」
ノストラは可愛がっている部下を、人質のような扱いをするマルコに反論した。
「すまん、すまん。各自の近況情報についてはそこまで詳しく把握しきれていない。──そうなると『聖銀狼会』はまた、うちとやり合うつもりかもしれないわけだが……、他の可能性もある。一つは『屍人会』の巨大化に関する警戒。こっちは勢力圏も接しているからな。あとはこれも関係しているが、もう一つは『新生・亡屍会』や『死星一家』の動向だろう。『亡屍会』の分裂で、『聖銀狼会』は『屍人会』に対抗する為に、手頃な大きさの組織を潰して取り込んでおきたいという可能性もある」
マルコはノストラに謝罪すると、可能性を説いた。
「あとは、『バシャドー義侠連合』への援軍もあり得ると思います」
大幹部達の会話に、若い幹部候補が口を挟んだ。
イバルである。
イバルは留守番として、ランスキーの下に入り、幹部会に参加していた。
「ほう……。──根拠は?」
ランスキーがリューの将来の腹心になるであろうイバルに理由を聞いた。
「ラーシュから聞いた話では、『聖銀狼会』は王都進出を目指していた事もあり、『バシャドー義侠連合』とは交流を深め、それなりに親しい間柄だったようです。今回、『屍人会』が動いた事により、バシャドーを失うと色々な理由で、自分達がじり貧になると分析したのではないかなと」
「「「……」」」
イバルの指摘に、大幹部達を始め、幹部達も沈黙する。
間者をまとめるサン・ダーロもイバルの指摘した情報は持っていなかったので、考え込んだ。
「それが事実とすると、バシャドーの街は、かなり大規模な抗争になりかねない。若にすぐ報告だ。各自、動けるようにしておけ。バシャドーの抗争が、『屍人会』、『新生・亡屍会』との全面戦争になるかもしれないからな」
ランスキーは最悪の状況を想定して、部下に命じた。
こうしてミナトミュラー家も、にわかに慌ただしくなるのだった。




