第860話 雇用したいですが何か?
淡い緑の髪、緑の目で肌の露出が多い個性的な姿のアキナ・イマモリーは、最近、交友関係を持つ事となった『白山羊総合商会』会長のシーツから、新領主のリューを紹介したいとの申し出に、驚く事となった。
シーツとは、バシャドー裏社会の抗争に私兵を派遣してもらい助けてもらった恩から、食事をして意気投合していたのだが、まさか、そこから新領主との繋がりができるとは思っていなかった。
手紙では新領主とは商会同士の付き合いがあり、その関係でこの街の良い人材を紹介して欲しいとお願いされたらしい。
アキナが総隊長を務める『バシャドー商人護衛連隊』は、商人達の護衛を目的とした私兵の集まりであり、長らく街の商売の安定に貢献してきた。
当然、商会や商人達の輸送や護衛任務で街内外での顔は広く、信用も厚いから、新領主としては、バシャドーの統治の為にも力を貸して欲しいと、シーツの手紙には記されていた。
「まさか、シーツ会長の伝手で紹介されるとは……。あちらは乗り気らしいけど、私がエンジと繋がっている事を知らないのかしら?」
アキナは警戒する事も忘れない。
エンジ・ガーディーは、バシャドーの街の裏社会をまとめ、守護している『バシャドー・ガーディアン』のボスだからだ。
そんな人物と繋がりがある怪しい者を、街の統治の為に雇うというのは、普通考えられない。
新領主と接触したエンジからの報告では、名前を知られていたというから、バシャドーの情報にも、ある程度詳しいかもしれないというのは、わかっている。
「どちらにせよ、リュー・ミナトミュラーの人となりを知る、絶好の機会ではあるわね……」
アキナをはじめ、『バシャドー義侠連合』には街を守るという目的がある。
『屍人会』、『新生・亡屍会』連合に喧嘩を売られている今、街を上げて戦わなくてはいけないから、新領主の協力を得る為にも、会っておきたいところだった。
アキナは、ケンガ・スジドーやエンジに相談する事無く、リューとの面会に承諾する為、シーツに返信の手紙を早速送るのだった。
「シーツからアキナ・イマモリーから面会承諾の報告があったよ」
リューはバシャドーの領主邸もとい、街長邸の執務室にいた。
「早いわね。これで、この街の裏の重鎮三人全員に会える事になったじゃない」
「うん。あとは、この街の統治の為、商業統括担当官になってもらう事だけど……」
本当は直属の部下になってほしいが、街を統治する為にも、贅沢は言っていられない。
すでに、仕事が滞っているからだ。
街を訪れ通過する貴族や商会、諸外国の要人はもちろんの事、それに伴う物や、お金も動いている。
それらの管理ができないと、この街を治める事は不可能だった。
代官の書類は押さえる事ができたので、ある程度は問題なく仕事ができている。
しかし、各分野の担当官の仕事は、代官の処分と共に、逃走して引継ぎどころではなくなっていた。
書類も一部、紛失している事から、都合の悪いものは処分された、もしくは持って逃げられた可能性が高い。
それらの穴埋めをする為にも、相応しい人材を雇用する必要がある。
アキナ・イマモリーはその重要なピースだった。
リューはすぐに、街長邸で面会する時間を作り、アキナを招くのだった。
応接室では両者が形式通りの挨拶をすると、リューが早速、本題に入った。
「僕がこの街に就任してきて困ったのは、代官を汚職でいきなり逮捕、その部下達は逃亡を図った事で重要な仕事の引継ぎがままならずにいる事です。アキナ・イマモリーさんは、この街の強みである商会関係についてかなり詳しいとか。率直に申し上げると統治の手伝いをしてもらえないでしょうか?」
「会って間もない相手をそんなに信用してよいのですか?」
アキナは、リューがいきなり頭を下げてきたので、率直に感じた事を指摘した。
「あなたの事は、シーツ会長から聞いています。経歴はもちろん、人となりも素晴らしい人物だと太鼓判を押してもらいました。僕は商会も運営しているので、シーツ会長の事は仕事柄よく知っています。彼が推薦してくれた人物なら当然、信用したいと思います。そこでですが、この街の『商業統括担当官』の職に就いてもらえませんか?」
リューは笑顔で単刀直入にお願いした。
アキナは、物怖じしないこの少年貴族を、どう評価したものか内心困惑していた。
同僚であるエンジの言う通り、掴みどころのない人物という印象を受ける。
この街の利益となる人物かどうか判断しづらい。
それに、今は抗争に勝つ為に協力してくれるかが、一番の問題である。
代官をいきなり処罰したとされている人物だけに、慎重にならざるを得ない。
「……ミナトミュラー子爵殿。この街の商業統括担当官というのは、この街の生命線の一つと言っていいです。通常、領主や代官が信用する人材を据えるのが、習わしなので、それを今日会ったばかりの外部の者に任せるのは危険ですよ?」
アキナは、リューがもしかしたら、人が好過ぎるのかもしれないと、少し心配になって助言した。
「はははっ。やっぱり、良い人ですね。悪い人なら、そんなこと言いませんよ。少なくともあなたは、この街の事を憂慮し、余所者の僕に助言をくれました。それに、あなたの経歴もシーツ会長から聞いています。街の為なら身を削って働く事をいとわない人物だと感じましたが、会ってみてそれを再確認できました」
リューは満足げに答えた。
アキナはここでようやく、リューがいきなり、駆け引きも無く頼み込んできた理由が、自分の本心を引き出す為の餌だった事に気づいた。
子供だと思って侮っていたが、あっちの方が一枚上だった事に、舌を巻く。
そして、頭が切れる事がわかったので、当然、気を引き締めて警戒しなくてはいけないのだが、なぜかこの少年には嫌味がない。
「……私は大人です。大人は嘘を吐きますよ? 用意された職を私が悪用しないとも限りません」
アキナはつい、リューの本心を引き出したくなった。
「僕がこの街の為に働いている限り、あなたは僕を裏切ったりしないと思います。それに、誠実な対応をする相手に、嘘を吐いても、心を痛めるのはイマモリーさんの方だと思いますよ?」
「……」
アキナはリューの真っ直ぐな答えに、言葉が詰まる。
「やはり、あなたは誠実な方です。──一つ提案があります。僕ではなく、この街に忠誠を誓ってくれませんか? そして、もし、僕が、この街の利益にならない行動を取るようなら、近くでそれを正してください。その中で、あなたの《《目的》》を果たしてはどうですか? それがあなたとこの街の為になると思います」
「私の《《目的》》……、とは?」
アキナは、ドキッとして、思わず鋭い視線をリューに向けた。
「それは知りません。ただ、僕に会ってくれたという事は、そういう事でしょう?」
リューの問いに、アキナはまた、内心驚くしかない。
全て、指摘通りだからだ。
リューの人柄を知る事もだが、『屍人会』との抗争に対応する為、協力関係を築けるなら、交渉もしたいし、他の目的もある。
どこまで見抜いているのかわからないが、リューがただの少年貴族ではない事をはっきりと理解するのだった。
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