第858話 バシャドーの人々ですが何か?
当人もあまり想像していないなかった汚職代官摘発から最初の仕事となったが、バシャドーの領主就任は、書類にサインをして滞りなく行われた。
過程で関係者に逃げられた失敗については、領民から咎められる事なく、上々の評価のようだ。
ただし、少し誤解を与える噂も広まっていた。
「領主就任初日に、いきなり代官の汚職を暴いたそうだぞ? やるなぁ!」
「でも、共犯の執事と共に再起不能にしたらしいぞ?」
「そうなのか!? ──犯罪者には容赦のない方という事か……」
「まだ、十四歳らしいから、白黒付けたがる年齢だわな。──怖い、怖い」
「そんな領主が、このいろんなものが混在するバシャドーを治められるのかねぇ?」
「聞いた話では、他の街も治めているらしく、そっちはうまい具合に、統治しているらしいぜ?」
「だが、この街の数分の一の大きさだって聞いたぞ? でかい街にはでかい街の暗黙の了解があるし、白黒付けられない事象も起きやすい。それにここは特殊だからなぁ」
領民達は、情報通な者が多いから、知った顔で頷き合う。
バシャドーは実際、西部と王都を結ぶ沢山の街道が走る街だから、四方から情報がいくらでも入ってくる。
リューが戦争時に後方支援で活躍したという話は、結構知っている者もいたので、誰もが情報に基づいて新領主の品定めしているのだった。
「なんか僕、子供ならではの残虐性を持つ経験浅い領主って評判になってない?」
リューはバシャドーの街長邸執務室で、無駄に豪華な装飾品を片付けさせながら、不満を漏らした。
「代官を再起不能にしたんだから、仕方ないわね」
リーンは噂がおかしいのか、くすくすと笑っている。
「主の事を知れば、すぐに収まりますよ」
普段静かな護衛であるスードがフォローした。
「ありがとう。出だしが良かったのか悪かったのかわからないけど、今は僕がやれる事をやるしかないね」
リューは苦笑すると、片付いた広い室内を見渡すのだった。
その頃、バシャドー裏社会では──。
「……マイスタの街で面会をした時には、贈り物は受け取らないし、バシャドーの街の情報にも精通している素振りを見せていたから、少し厄介な相手かもしれないとは思っていました。ですが、いきなり派手に代官を裁くとは……」
リューに対する使者団に同行した『バシャドー義侠連合』大幹部の一人エンジ・ガーディーは、白い髪、白い目の姿で嘆息した。
「代官の件は、こっちに都合が良かったが、味方になるか敵になるかの判断は難しいな」
同じく大幹部の一人、ケンガ・スジドーが大きな体を丸めて、椅子に座っている。
「うちらはうちらで、この街の為に動くしかないさ。──それにしても子供にこの街を褒美として渡す王家もどうかしているねぇ」
同じく大幹部の一人、女性にしては体格の良い筋肉質のアキナ・イマモリーが呆れる。
「厳密にはランドマーク伯爵家への加増の一環ですよ。──それを与力に簡単に褒美として渡す、伯爵の度量には驚かされますが」
エンジ・ガーディーは、首を竦めてみせた。
「それにしても、代官の野郎、俺達に強い姿勢だったのは、やっぱり、裏があったんだな」
ケンガ・スジドーは、代官が『バシャドー義侠連合』を取り締まろうと動いていた事に歯噛みする。
「先日、ケンガ達の活躍のお陰で捕まった『屍人会』、『新生・亡屍会』の連中は、その日のうちに、代官の名で密かに釈放されていたようです。つまり、代官は我々の敵だったのは明らか。それを裁いた新領主には期待したいところですが……」
義侠連合の頭脳であるエンジ・ガーディーは頭を悩ませた。
リューと面会したものの、見極める事ができなかったからだ。
「まだ、判断する時間じゃないさ。それよりも……、無事なのかね……?」
アキナ・イマモリーが、誰の事なのか、心配する様子をみせた。
「……わかりません。あの代官が来てからというもの、うちの関係者が失踪したり、死体になって発見される未解決事件が多くなりました。それを考えると、すでに処分されている可能性が高いかもしれません……」
エンジ・ガーディーは、バシャドー裏社会をまとめる『バシャドー・ガーディアン』のボスだから、淡々と非情な事を口にする。
「新領主にイチかバチか訴えてみるか?」
ケンガ・スジドーが、代官の悪事を公にする提案をした。
「まだ、その時ではありません。それに、こちらは裏社会の組織。今回の一件で新領主が残虐性をもった非情な人物なら、こちらの弱みを知って付け入ってくる可能性もあります。ここは慎重にいきましょう」
エンジ・ガーディーはケンガ・スジドーが暴走しないように諭す。
「しかし、『屍人会』や『新生・亡屍会』の攻勢は待ってやくれないぜ? 『死星一家』のゴーザは話がわかる人物だったから、今後、共闘できそうだけどな……」
ケンガ・スジドーは、現在進行形で行われている抗争が、相当大変なものになるであろう事を匂わせた。
「今は、この街を守る事に集中しましょう。ケンガを信じて、『死星一家』と一時的同盟関係を結ぶ事も検討しますが、この街を守るのは我々地元の者達です。今までのように、総力を挙げて戦うしかないですよ」
エンジ・ガーディーは白い目で、ケンガ・スジドーとアキナ・イマモリーに視線を向ける。
実はエンジ・ガーディーは目が見えていない。
その代わり、体内に流れる魔力を感じる事ができているから、人を認識できている。
彼は、その特殊な能力で、使者団として面会した折、リューを見定めようとした。
しかし、膨大な魔力に圧倒されたうえ、自分の存在を把握していた事に驚かされ、警戒感を強めただけだった。
代官を独自に処刑したという情報からも、エンジ・ガーディーをはじめ、大幹部全員はリューにどう対応するか悩まされ続けるのだった。




