第857話 汚職の摘発ですが何か?
バシャドーの街を治める代官については、正直リューもよくわかっていなかった。
『バシャドー義侠連合』との仲が良くない、という話は報告で聞いていた。
いくつかの少ない情報から、代官が裏社会を毛嫌いする潔癖の人から、権力をかさに着た汚職官吏というものまで幅を持たせて想像していたのである。
この数日、義侠連合の大幹部の、ケンガ・スジドーや同じく大幹部のエンジ・ガーディーと対面して好人物と感じていた。
だから、彼らと仲が悪いという代官を怪しく思い、抜き打ちで早く訪れたが、それが功を奏した。
代官は、リューが到着する数日後までに、汚職の証拠を隠すつもりでいたが、早い来訪で隠す事に失敗し、リューに証拠をあっさり回収されてしまったのである。
「とりあえず、代官が重用していた者達は、一時拘束させてもらうよ」
リューは、魔法収納に確保した代官の汚職の証拠を確認する。
そして、代官付き執事から、代官の護衛、周辺のお世話をするメイドまで、二十人以上の者を捕縛するように新領主として最初の命令を下した。
街長邸の警備を行う領兵などは、どうしていいのか戸惑っていた。
先程まで、仕えていた代官や一緒に仕事をしていた同僚を「捕らえよ」、と見た事も無い子供に命令されて、「はい、わかりました!」とは普通ならない。
しかし、リューが領主任命証を魔法収納から出して見せると、ようやく領兵も動いた。
「執事殿を拘束しましたが、代官様の側に仕えていた侍従殿や護衛の方々、メイドなどが、先程から見当たりません!」
領兵の伝令が、リューのもとに駆け付けると、報告する。
「……僕が来たのを察知して逃げたみたいだね。──逃げた者は、バシャドー出身者かい?」
リューは報告に来た領兵に問う。
「いえ、代官様がどこからか連れてきた者達です!」
「……代官殿。逃げた者達はどういう経緯で雇ったのですか?」
リューは、拘束されている代官に尋問した。
そばには、リーンも立っており、逃げるのを諦めたようだった。
執事はスードがすでに拘束している。
「そ、それは……。執事のワルゾンが……」
代官は、観念したのかそれとも責任を擦り付けるつもりなのか、素直に自白した。
リューの視線が執事に向けられる。
「くっ……! これまでか……」
執事のワルゾンは、代官が易々と自分を売ったので、代官を睨みつけた。
代官はその迫力に「ひっ!」と思わず声を上げると、白目を剥き、泡を吹き始めた。
「!?」
そばにいたリーンは、気を失った代官ではなく、執事ワルゾンの方を見た。
ワルゾンの口元が何やら動いているのに気づいたからだ。
「スード、その男を止めて! 呪術を使っているわ!」
リーンの優れた聴力で、ワルゾンが代官を口封じしようとしているのに気づいた。
スードは慌ててワルゾンの口を塞ごうとする。
「遅いわ!」
ワルゾンは不敵な笑みを浮かべると、奥歯を噛み締める素振りを見せた。
すると、一瞬で目から生気が失われ、口から血を吐いて絶命する。
リーンが急いで解毒魔法を使用したが、それも間に合わない程の即効性の毒だった。
「代官は!?」
リューはリーンに確認する。
代官は、白目を剥いて口からは涎を垂らしている。
リーンが頬を叩いて意識を戻そうとしたが、完全に正気を失っているようで、目の焦点が合っておらず、失禁していた。
「ごめんなさい……。もう少し、早く気づいていれば、止められたのに……」
リーンが自分の失態だと反省した。
「いや、呪術はみんな専門外だから、仕方がないよ。それにしても、まさかこんな大ごとになるとは思わなかった。代官が誰の命令を聞いて動いていたのか調べてみるしかないね」
リューは就任初日に、引継ぎ相手である代官を失い、執事が自死、関係者数名を逃がす失態を犯す事になった。
「……代官が隠滅しようとした書類は、裏帳簿なのはわかったけど、お金の流出先の名前が〇になっているから、肝心の部分がわからないなぁ……。税の着服証拠である事は、確実なんだけどね……」
リューは最初の仕事が、代官の悪事を暴く事になった。
その為、豪華な執務室で、書類とにらめっこである。
そこへ、別の部屋にいたリーンが戻ってきた。
「呪術の解呪は無理そうだわ。それに、私が見たところ、すでに、脳をやられていて治療は無理だと思う……」
「脳を? ……呪術か……。──確か魔法とは別系統のものなんだよね?」
「聖魔法で解呪は可能だけど、術レベルにもよるわ。それに、呪術は魔族が得意な代物だから、未知の部分が多すぎるのよ」
リーンも肩を竦めると、お手上げという姿勢を見せた。
「とりあえず、代官は王都に送還しよう。──それで、代官が直接雇った者達数人は君達が拘束してくれたんだよね?」
リューは代官から聞き出すのを諦め、丁度、やってきた領兵隊長に話を振った。
「は、はい! 非番だった護衛数名を捕らえましたが、彼らは元傭兵らしく、高い報酬に釣られただけで、詳しくは何も知らされていなかったようです。問い質したら呆然としていました!」
領兵は尋問もすでに行ってくれているようだった。
「一応、うちの方からも尋問させてみるけど、その様子だと駄目っぽいかな……。──僕の予想では代官や執事は、どこかの公爵様の回し者じゃないかなと思うのだけどね?」
リューがしれっと核心に触れる発言をした。
これには、その場に居合わせる領兵隊長もギョッとする。
どこかの公爵と言ったら、現在、この国には二人しかいないからだ。
一人は、『戦狂』の異名があり、西部地方に派閥を持つルトバズキン公爵。
もう一人は、北西部地方に領地を持ち、国内全土に力を持つエラインダー公爵である。
リューのニュアンスで、エラインダー公爵だろう事は、何も知らない領兵隊長でさえ想像ができた。
「あっ、君。秘密でね?」
リューは領兵隊長に口止めをする。
領兵隊長は慌てた様子で何度も頷き、冷や汗をかきながら執務室をあとにした。
「また、あいつ? ……でも根拠は?」
リーンはまだ、腑に落ちないらしい。
「いくつかあるよ。ひとつは、義侠連合を襲撃した『屍人会』、『新生・亡屍会』の動きに対して代官が消極的だった事。代官としては街の抗争は大問題だから、この対応はおかしいんだよ。もう一つは、王家直轄地を治める代官の任命責任は王家にあるわけだけど、そこに影響を及ぼせる人なんて限られる。この場合、王宮勤めの官吏に影響力があるのは、あいつしかいないよ。王都を離れる前に仕込んだんだろうね」
リューは数日前から代官の対応が、無能だからなのか、意図しての行動なのかわからずにいたが、証拠の数々から背後にいる人物について確信を持つのだった。




