第856話 引継ぎですが何か?
この日、王都において、バシャドーの街の領主にリューが就任した事を、王家が発表した。
厳密にはランドマーク伯爵家の加増として、バシャドーが与えられる事になったという発表に合わせてである。
「バシャドーの街をランドマーク伯爵に!? あの街一つで莫大な資産を得たようなものだな……」
「帝国との闘いでランドマーク伯爵とスゴエラ侯爵の連合軍が唯一大勝する戦果を挙げていたからな。スゴエラ侯爵も東部の一部を今回、拝領されたし、当然だと思うぞ」
「あそこは、西部地方と王都を結ぶ交通の要所。それだけにあの方は不満かもしれないが、どう──」
「おい、それ以上は止めておけ……!」
戦争時に活躍できなかった貴族達は羨ましがったし、嫉妬する者もいた。
そして、場所が場所なだけに、北西部、西部一帯に領地や勢力を持つエラインダー公爵やルトバズキン公爵は不満を持つかもしれない、という憶測も流れた。
ランドマーク伯爵家は、ぽっと出の貴族だったし、何より、王家派閥の急先鋒という見方をされている。
貴族と王家の力は、拮抗している方がよいと考える者もいたから、この新進気鋭のランドマーク家が力を伸ばすのは、一部の貴族からは嫌がられていたのだった。
「王家から正式な発表もあったし、早速、バシャドーの街に向かおうか」
リューはマイスタ街長邸の執務室で報告を聞くと立ち上がる。
「いよいよね!」
リーンは現在抗争真っただ中のバシャドーに、正式に向かうのが楽しみのようだった。
「それじゃあ、マーセナル、馬車をお願い。当分は、あっちに滞在する事になると思うから、学園に休みの申請もお願いね。留守は任せるから、ランスキーやみんなと話し合ってね」
「承知しました」
マーセナルは頷くと、執務室から出ていく。
「それじゃあ、僕達も準備しようか」
リューはリーンと護衛のスードに声をかける。
「若様、ボクは行っちゃダメかい?」
メイドのアーサが羨ましそうに聞く。
「連れていくのはいいけど、揉めないでね?」
リューはメイドを連れていく事は問題ないが、問題が起きるのは避けたいところだった。
「誰と揉めるのさ! ボクはメイド長として、しっかり、仕事するよ」
アーサはキリッとした顔を作った。
「ならいいけど」
リューは笑うと、馬車の用意ができた報告を聞いて、外に出るのだった。
リューは『次元回廊』でバシャドーの街の手前まで移動すると、そこから馬車に乗り、街に入った。
城門では、リューが新領主である事を名乗ると、大騒ぎになった。
王家の発表は、馬車で三日の距離があるから、到着は数日後だと思っていたのだ。
だから、領兵達はあたふたしていたが、リューは関係なく元領主館である街長邸に向かう。
領兵は急いで馬を用意し、街長邸にいる代官に報告の早馬を出した。
だが、リューの乗る馬車はランドマーク製である。
ましてや、すでにバシャドーには何度も来ているので道もわかっており、迷いがないので、街長邸に到着するのが早い。
だから、新領主到着の知らせを告げる早馬が、到着するタイミングでリューも到着するのだった。
「し、新領主様が、到着され──、してます……!」
馬で急いだ領兵は、街長邸の玄関で代官付き執事に息を切らせながら告げた。
「何事だ!? 代官様は数日後の予定だった引継ぎと裏帳……、ゴホン! 書類整理で忙しいというのに! ──はっ? ……何んだと!? 《《してます》》とは、街の城門まで来ているのか!? 予定より数日も早いぞ!?」
「はい、いえ、そうでは──」
「──…仕方ない、貴様は戻ったら理由を付けて、できるだけ新領主を城門で引き留めておけ。その間に見られてはいけないものだけでも急いで片付けなけ──」
執事が領兵の報告を最後まで聞かずに慌てふためく。
そこに、すでに到着しているリューが馬車から降りてきた。
執事はそれを見て続ける。
「──うん? どちら様でしょうか? 今日は、訪問客の面会は全て破棄したはずですが?」
代官付き執事は、リューを新領主とは思わず、代官に対し、挨拶に来た貴族の子息だと思ったようだった。
「新領主のミナトミュラー子爵です。入りますね」
リューは執事の男の肩を軽くポンと叩いて、中に入っていく。
リーンとスード、アーサもその後に続いた。
「し、新領主様!? お、お待ちください!」
執事は慌ててリューを止めようとする。
しかし、メイドのアーサに睨まれ、思わず息が止まった。
アーサはヒッター家直伝の「目で殺す」、を実践したのだ。
実際には死なないが、動きを一瞬止める効果があり、その間に殺すのがこの技の活用法で、今回は威嚇に使って見せたのだった。
その間にリューは、大きな屋敷にも拘らず、迷う事無く、執務室に向かう。
すでに屋敷の見取り図は頭に入っているのだ。
「入手しておいた見取り図自体は新しいものだったけど、図面自体は古いものだったのかな? 多少、違うところがあるね」
リューは後に続くリーンに話しながら、屋敷の奥に進んでいく。
途中、屋敷の侍従達が驚いた様子でリュー達を見咎めるが、新領主と知ると、慌てて頭を下げる。
リューは軽く挨拶しながらも足を止めず、開いている執務室の扉の前に立った。
「まさか、こんなに早く、新領主就任が決まるとは! あと一日で表と裏の帳簿整理は何とか調整しなければいけないじゃないか! 辻褄も合わせなければならないのに、どいつもこいつも足を引っ張って! ──うん? 丁度、良かった。この右側の書類は至急、燃やしておけ。灰になるまでしっかり確認しろよ?」
代官と思われる男は、執務室内で、慌てていた。
そして、背後に気配を感じ、侍従だと思ったのだろう、リューに命令した。
「それは丁度良かった。書類はうちで預かりますね」
リューは、代官の背中越しに声をかけると、魔法収納に燃やす予定の書類を一瞬で回収してしまう。
「誰だ貴様!? その書類は公的に存在してはいけないもの。抹消しなければいけないものだ。元に戻せ!」
代官は裕福そうな子供が突然書類を消したので、怒りだした。
「代官殿、僕はミナトミュラー子爵です。この名前に聞き覚えがありますよね?」
リューはニッコリと笑みを浮かべる。
「ミナト……? ──ミナトミュラー子爵!? な、なぜ、新領主殿が、ここに!? 予定では到着するのは、数日後のはず!?」
代官は、不意討ち過ぎる早さで訪れたリューに愕然とした。
「代官様、新領主のミナトミュラー子爵様が、到着しました!」
そこに、執事が追い付いてきて、代官に遅い報告をする。
代官は、執事を睨みつけ、「遅いわ!」と叱責した。
「それでは、代官殿、予定より早いですが、引継ぎをお願いします。僕が回収したこの裏帳簿についても」
リューが凄味のある笑みを浮かべると、代官は状況を理解すると、力が抜けたように、その場にへたり込むのだった。




