第855話 前祝いの使者ですが何か?
リューは『次元回廊』を駆使して、バシャドーの街の領主就任前から出入りしていたのだが、この日、そのバシャドーから面会予定の使者団が訪れた。
地元の商会組合などが派遣したもので、就任前に挨拶をとの事だった。
応接室に通された使者団は全員で十名おり、バシャドー内で力を持つ関係者の代理がほとんどだ。
持ち込まれた贈呈品は馬車二台分もあり、マイスタの街長邸に次々に運び込まれてきた。
バシャドーの街で取引されている西部地方の珍しい果物や野菜の他、上等な布や高級な焼き物、緻密な細工物に精巧な人形、珍しいおもちゃの類まである。
極めつけは、細かい彫り物がされた木箱に入った、宝石類だった。
ここまでくると、賄賂にしか感じなかったので、リューは露骨に嫌な顔をした。
使者団の一人は、それに反応すると、さらに木箱を運び込ませ、リューの前に出す。
「……これは?」
リューは予想が付いていたが聞く。
「これも就任の前祝いです」
使者は笑みを浮かべると、木箱を開けて前に差し出す。
中には金貨が大量に入っていた。
どうやらリューの態度から足りないと誤解したようだ。
「こういうのは、やらなくて結構です。寄り親のランドマーク伯爵にも、こういう事はやらないでください。あなた方の心証が悪くなるだけなので。まあ、果物や野菜など飲食類は日持ちしないので頂いておきますけど」
リューは使者団に断ると、魔法収納に回収してみせた。
使者団は、リューの反応を図っているように見えた。
贈呈品の内容が、どれを気に入るか確認するように、種類が多様だったからだ。
だが、リューは食べ物以外受け取らないから、使者団も困った表情をする。
「なんだい、不服かい? 今までの領主や代官がどうだったかは知らないけれど、僕は僕のやり方でバシャドーの街を治めるつもりでいる。もちろん、君達のやり方は尊重するから安心してください」
これまでバシャドーを治める者達は、賄賂を当然のように受け取っていたという事だろう。
大きな富が生まれる街だから、その地を治める者の元には当然、それなりの金銀財宝が集まってくる仕組みができていたとしても、不思議はない。
お互い利益が出る構造になるのは、当然の流れだからだ。
「……本当によろしいのですか?」
使者団の一人が、慎重に聞く。
今までの領主や代官と全く反応が違うからだ。
ましてや相手は、最近、大活躍している少年貴族である。
調子に乗っていてもおかしくない。
しかし、あまりに欲のない反応だったから、内心が読めず、使者団も戸惑うのだった。
「バシャドーが大きな街である事は心得ている。街について詳しい事はまだ知らないけど、君達の稼ぎを不当に搾取するつもりはないよ。とはいえ、聖人君子のつもりもない。この事で、君達を非難する気はないから安心してください」
リューは酸いも甘いも心得た中年貴族のような態度を取った。
これには、使者団もまた、困惑する。
全てが想定外過ぎる反応だからだ。
「それではひとつ、就任後にお願いしたい儀があるので、また面会をお願いできますでしょうか?」
使者団の一番後ろで、静かに様子を見ていたフード姿の人物が、口を開いた。
「いいですよ。わざわざここまで来て頂いたのに、みなさん、満足がいく手応えを感じられていないようですし。まあ、お願いを聞くかどうかは、わからないですが」
リューは冗談交じりに応じる。
使者団は、一番後ろの人物の発言を咎める事無く黙って聞いていたが、リューの冗談に安堵した様子を見せた。
どうやら、一番後ろの人物がこの使者団で一番偉いようだ。
だが、使者団を代表して名乗ったのは地元商人組合の者だったから、複雑な理由があるのだろう。
リューはこの段階で、お願いしてきた相手が誰だか予想を付けた。
「一番後ろの方。名前を聞かせてもらっていいですか? また、面会する時、知らずに断る可能性もあるので」
「……エンジ・ガーディーと申します」
リューの問いに、相手は少し間をおいて答えた。
きっと偽名を名乗るか迷ったのだろう。
「エンジ・ガーディー殿。その時は、《《他の二人》》の方も一緒に連れて、お越しください」
リューは笑顔で意味深な言葉を告げた。
これには、エンジ・ガーディーだけでなく、使者団全員が一瞬固まった。
それはリューがエンジ・ガーディーの存在を知っていた事を意味するものだったからだ。
このエンジ・ガーディーは、『バシャドー義侠連合』の大幹部の一人で、『バシャドー・ガーディアン』のボスである。
『バシャドー・ガーディアン』とは、バシャドー裏社会をまとめ、外部勢力から街を守っている組織だ。
《《他の二人》》と告げる事で、大幹部アキナ・イマモリーとケンガ・スジドーの存在を知っていると匂わせたのである。
裏社会の人物を知っているという事は、バシャドーの街全体の情報もかなり知っているかもしれないと、使者団は考えざるを得ない。
先程までは、街の事をあまり知らないと言っていただけに、これは不意討ちのような返答だった。
「……わかりました。二人にも伝えておきましょう」
エンジ・ガーディーは、リューという人物をどう評価していいのかわからないまま、面会を終えるのだった。
「あれが、エンジ・ガーディーなのね。フードの下から見る限り、白髪に白い目。でもまだ、年齢は三十八なのよね?」
老人でもおかしくない姿にリーンは少し驚いた様子だった。
「報告書でもエンジ・ガーディーの姿は確認できていなかったから、僕も驚いたよ。三人の大幹部の中で唯一名前以外、わかっていない人物だったからね。あちらから姿を見せるとは思っていなかったよ」
リューは思わぬ出会いになって嬉しそうだ。
「なんだか切羽詰まっている様子だったけど、今のバシャドーの事と関係があるのかしら?」
「『屍人会』、『新生・亡屍会』の大掛かりな襲撃は先日だから、使者団に混じっていた彼はその事を知らないはずだけど、どうだろうね? ──こうなると残りのアキナ・イマモリーも相当な人物だろうなぁ。先日の襲撃に対応したのは、この人という事になるだろうし」
リューはバシャドーの街が人材の宝庫とわかって、楽しみが増えるのだった。
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