第854話 良い街ですが何か?
「ケンガ・スジドーとゴーザか。どちらも良い人材だね。特にケンガは拳一筋の戦い方だけど、ランスキーやゴーキとはまた違うタイプだよ」
リューは賭場の戦いに満足していた。
「ふふふっ。確かに、うちに似合いそうな、率直で気持ちのいい性格、という雰囲気があったわね。あとは噂に聞く『バシャドー商人護衛連隊』の隊長アキナ・イマモリーや『バシャドー・ガーディアン』の代表のエンジ・ガーディーだけど、ケンガを見る限り、期待できそう」
リーンも報告書でしか知らなかった他の二人にも期待する。
「リーン、彼らをうちに誘うのは止めておこう。きっと、断られると思う」
リューはケンガの戦い方に人柄を見ていた。
躊躇の無い戦い方に、この街に骨を埋める覚悟を持った人物と感じたのだ。
街の為に戦っても、リューの為に戦ってくれるとは思えなかった。
「若、ここにおられましたか!」
そこへ、この街に事務所を構える『竜星組』の構成員がマスク姿のリューに声をかけてきた。
「今回の襲撃事件の事かい?」
リューは察した様子で聞く。
「へい。街中で『屍人会』と『新生・亡屍会』によると思われる襲撃が行われていました。役所から、警備隊詰所、東西の城門周辺の公的重要拠点から賭場のような施設まで、分散して攻撃を仕掛けたようです」
「そんな広範囲に? かなり大規模な攻勢だね……」
「自分はここに数年いますが、これ程の襲撃は初めてだったので、バシャドー側の関係者に声をかけてみたら、『こういう訓練は前からやっているから安心しろ』と言われましたよ。実際、あいつら、見事に対応して、一時占拠されたところもすぐに取り返したり、返り討ちにしたみたいです」
「え? もう、治安機能回復してるの?」
部下の報告に、リューは素直に驚いた。
相手はかなりの準備の下で、襲撃作戦を行ったようだったから、しばらくは治安回復できないだろうと思っていたのだ。
「へい。先程、『バシャドー義侠連合』の名前で、治安回復宣言がなされました」
「早いわね……。──という事は、大掛かりな襲撃だった賭場の戦いは、ケンガ・スジドーを嵌める為の罠だったのかしら?」
リーンも驚くと、ふと考えを巡らした。
「あり得るね。賭場だけで、『屍人会』『新生・亡屍会』の兵隊を百人近く投入されていた事を考えると、最初からケンガの首が狙いの作戦だったのかもしれない」
リューも考え込む。
『屍人会』レベルの巨大組織ともなると、それが普通なのだろうか? それとも、それくらいケンガの首が欲しかったのかもしれない……。
バシャドーを治めているのは王都から派遣された代官だが、もうすぐ、それも自分に変わる。
その前に、バシャドー裏社会を手に入れる為、主要な人物であるケンガを狙ったのだろう。
いや、もしかしたら、主要幹部三人のうち誰でも良かったのかもしれない。
とにかく一角を崩す為、表に出てきた者全てを狙ったのだとしたら、この大規模な作戦にも納得がいった。
「『屍人会』か……、想像以上に、厄介な相手かもね。でも……」
リューは溜息を吐く。
だが、それと同時に、喜んでもいた。
このバシャドーの街の対応力にだ。
相手は『屍人会』と『新生・亡屍会』の連合なのだ。
『竜星組』単独でも相手にするのは嫌なのに、その大規模な襲撃を跳ね返す能力があるのは、素晴らしい事だと感心した。
「この街はマイスタの街のように、一般の領民と裏社会の連中との距離が近いんですよ。この街のでかさでは珍しい事ですぜ。今回の襲撃に対しても、領民が進んで警備隊を助ける為に戦闘参加していたみたいですから」
部下は数年生活して感じた事と共に、入手した情報を報告した。
「そうなの? ……確かにうちの街みたいな反応だね。──ふふふっ、リーン。これは、想像以上に良い街を与えられたかもしれない」
リューは、嬉しい誤算を喜ぶのだった。
部下の報告通り、この大規模な襲撃は、バシャドー警備隊や『バシャドー義侠連合』だけでなく、現場にいた領民達が協力して対応していた事が、その後の追加報告ではっきりとした。
その事からバシャドーの街がいかに領民に愛されているかがわかる。
「こうなったら、他の二人とも会ってみたいね。今回の対応策は、ケンガに考えられるとは思えないから。現場はケンガ、情報収集はアキナ・イマモリー、指揮はエンジ・ガーディーというところかな?」
リューはバシャドーの街の『竜星組』事務所で、楽しそうに目を通した報告書を、リーンに渡す。
「……でも、義侠連合って三人で治める組織なんでしょ? これ程、統率が取れているとなると、まだ上がいそうな気もするけど……」
リーンが少し考え込んで違和感を口にした。
「どうだろう? 最初から対応策を三人で話し合い、準備していれば、出来る事にも思えるけど……。でも、リーンの指摘もわからなくもないんだよなぁ」
リューも少し考え込む。
「俺もリーンの指摘に納得するところがあるな。これだけの規模の襲撃対応は、優秀な指揮官がいないと即応するのは難しい気がする」
イバルも、リーンに賛成した。
「これまでの部下の調査報告書からは、それらしい人影を感じないのが、また不思議なんだよね。代官のところからも命令は出されているけど、警備隊に対応を任せるという呆れたものだしなぁ」
リューは数枚の報告書を読んで、バシャドーの裏側がまだ、謎に満ちている事に腕を組んで思案するのだった。




