第853話 賭場の戦いですが何か?
地元住民で賑やかな裏歓楽街は混乱に陥っていた。
特に賭場で起きた『屍人会』と『死星一家』の喧嘩は、周囲を巻き込んでの大乱闘となった。
止めに入った『バシャドー義侠連合』の大幹部、ケンガ・スジドーは、『皆殺しのマーダ』率いる『屍人会』の構成員達とやり合う事になった。
それまで、争っていた『死星一家』の者達は、急に蚊帳の外になっている。
「兄貴、よくわかりませんが、俺達退散した方がよくないですかね? どうやら、『屍人会』の連中、応援まで呼んで、やる気満々ですよ?」
「……ちっ。この街の義侠連合を敵に回すわけにもいかねぇ。そうするか」
手下の助言にそれまで、マーダとやり合っていた幹部が冷静に判断する。
そこに、子供の集団がやってきた。
「うん? 何だガキ共。巻き込まれたくなかったら、避難しろ」
幹部は、これ以上のトラブルが面倒だと思ったのか、手で追い払う素振りを見せた。
「こんにちは。同盟を結んでいる『竜星組』の関係者です」
仮面を付けた先頭の子供が、お辞儀をする。
「『竜星組』の!? ……何のようだ?」
『死星一家』の幹部は、『亡屍会』がバラバラになっても、ボスであるテッドを選んだ事から、忠誠心が高い事がよくわかる。
ボスが同盟を結んだ相手と知れば、無下にはできないと考えたようだった。
「敵の敵は味方です。ましてやお互い、このバシャドーの街に事務所を構えさせてもらっている以上、義侠連合に手を貸した方がよいと思いませんか?」
リューは幹部に対し、損得で判断する事を求めた。
「……それはそうだが……。『屍人会』の連中は、最初から揉めるのが狙いだったようだ。応援を含めてすでに数十人が集まってきている。援護するにも、こちらはうちの十人とお宅の子供数人だけ。分が悪すぎるだろ……」
幹部は状況が悪すぎる事を指摘した。
いくらあの有名な『バシャドー義侠連合』の喧嘩屋ケンガ・スジドーがいるとはいえ、数で圧倒するマーダ率いる『屍人会』には、勝てる気がしない。
本部に要請して数を集め、後日、協力して反撃するくらいしか手がないように思えた。
「だからこそ、義侠連合に恩を売る機会なんですよ。勝ち負けよりも、この危機に助っ人として現れたあなた方を、無下にする者はいないと思いますよ?」
仮面の子供は、マーダと互角に渡り合ったこの幹部は見所があるとみて、助言した。
もちろん、この仮面の子供はリューである。
「……無茶を言いやがる。うちの事務所は人が少ないんだ。ここにいるのが、ほぼ全員で、事務所には留守番に数人残しているだけだぞ? あんな数を相手にしていたら、バシャドー支部事務所が潰されちまうだろ……。はぁ……、そっちはどのくらい呼べるんだ?」
幹部は冷静さを失っていなかったが、子供に男気を見せろと言われた気がして、腹を括りつつあった。
「うちはこの四人だけです」
「はぁ!? マジか!? ……お前らは引っ込んでいろ。ガキを喧嘩に巻き込んだとあっちゃ、俺様の名が廃る。──野郎共、ケンガに助っ人する。相手は多いが退くなよ?」
「「「へい!」」」
「お名前は?」
リューは気概を見せた幹部に感心した。
「『死星一家』バシャドー支部事務所を預かっている幹部の一人、ゴーザだ」
ゴーザと名乗った幹部は、「いくぞ!」と勢いよく声をあげると、ケンガ達、義侠連合を救うべく、その真っただ中に飛び込むのだった。
「これで義侠連合側の不利が少しは立て直せそうだね」
リューはケンガと合流するゴーザ達『死星一家』を見て楽しそうだ。
「同盟関係である『死星一家』のメンツを守ったわね」
リーンはリューの目的を知って呆れて見せた。
だが、その表情は嬉しそうだ。
「それもあるけどね。これから『死星一家』は、『屍人会』や『新生・亡屍会』と対立していくでしょ? こんなところで退いていたら、勢いを失うと考えたんだよ」
リューは、勢いや流れという目に見えないものも大事にしていた。
『死星一家』は資金こそ豊富だが、新たな組織になって、ここから盛り上げていくところである。
その中、数で負けているから逃げ帰った、とあっては、評判も組織全体の雰囲気も悪くなるだろう。
ただでさえ、元の四分の一にまで縮小してしまった今、それは致命的な流れを作る可能性があった。
「……そうね。でも、ここで負けたら、一緒じゃない?」
「ケンガとゴーザが男気を見せているんだ。僕が負けさせないさ」
リューはニヤリと笑みを浮かべた。
そこに新たな応援が三十名程やってきた。
それも『新生・亡屍会』のである。
義侠連合の大幹部ケンガがいるので、仕留める為に人員を投入してきたのかもしれない。
どうやら、『屍人会』は、計画的に人員の投入を街全体に行っているようだ。
だが、その応援は、賭場の出入り口付近で、通せんぼされていた。
「邪魔だ、ガキ共! 道を空けろ!」
応援に駆け付けた大柄な男が、扉の前に立っているリューの頭を掴もうと手を伸ばした。
すると、そのリューの姿が一瞬消えた。
いや、相手の懐に飛び込んだのだ。
そして、男の横っ腹を思いっ切り殴った。
脇腹が数本折れる鈍い音と共に、大柄な男は隣の店の看板まで吹き飛んで破壊すると気を失った。
「邪魔なのは、お前達だよ。ここは通行止めだ」
リューが仮面越しに、応援の者達を睨む。
「や、やりやがったな! ガキでも容赦しないぞ!?」
『新生・亡屍会』の者達は、リューの勢いに呑まれそうになりながらも、襲い掛かるのだった。
賭場の出入り口には、リュー達によって返り討ちにあった者達が山となっていた。
周辺の者達は、それを見て、拍手を送る。
「若い兄ちゃん達、強いな! 胸がスッとしたよ!」
「お陰で、バシャドーのメンツが保たれた!」
「ありがとうな!」
その頃、室内でも勝負が付こうとしていた。
数では圧倒的だったマーダ率いる『屍人会』は、少人数のケンガと助っ人に入った『死星一家』のゴーザ達によって返り討ちになっていたのだ。
「あれ? 数的にギリギリの戦いになると思っていたのだけど、ケンガとゴーザが強すぎたみたいだね」
リューは、中の様子を見て、驚く。
「本当だわ。想像以上ね」
リーンも最後の戦いとばかりに『皆殺しのマーダ』が短剣を握り、ケンガが拳で対決しているのに驚いた。
マーダは、すでにボロボロでケンガに相当殴られた様子だ。
ケンガの手甲は相手の短剣でかなり傷が付いている。
自身にも浅い傷がいくつかあるが、心配なさそうだった。
ゴーザは、座り込んでこの二人の対決を見守っている。
そして、睨み合うケンガとマーダが動いた。
マーダの魔力を帯びた短剣がケンガの喉を狙って繰り出される。
それをケンガも魔力を帯びた左腕の手甲で弾くと火花が散り、右拳をカウンターでマーダの顔面に叩き込んだ。
マーダは勢いよく壁に吹き飛ぶと意識を失い、そこでようやく勝負がつくのだった。
勝負が決したところで、ようやくバシャドーの警備隊が応援に駆け付けた。
見ると、すでにボロボロの姿である。
ここにくるまでに、一戦やった後のようだ。
警備隊はケンガの無事を確認すると、気を失っているマーダと『屍人会』、『新生・亡屍会』の構成員達を拘束していく。
「助かったよ」
ケンガはゴーザと握手を交わす。
「一時はどうなるかと思ったがな」
ゴーザは疲れた様子だ。
「そちらの人達もありがとう。お陰でこっちに集中できたよ」
ケンガは賭場の表でも戦いがあった事に気づいていたのか、リュー達に視線を向けて感謝する。
リューはケンガに手を振ると、その場をあとにするのだった。




