第849話 千年樹の育成ですが何か?
ゴーキとフージンは領兵隊長であるスーゴに預ける事になった。
二人ともスーゴの強さに、リューとリーンとはまた違うものを感じ、単独で抵抗しても勝てる見込みはないと思えた。
かといって、お互い協力して脱出するという選択肢はない。
長い年月、両者とも相手の命を獲る為に、ノーエランド王国国内で勢力を拡大していたのだ。
そんな宿敵と手を結ぶという事だけはありえなかった。
それに、周囲に規則正しく立っている領兵隊にも威圧的な雰囲気を感じ、この場から逃げるのは難しいと判断したのだった。
「大丈夫かしら? スーゴが更生させたとして、あの二人の仲の悪さまで解消できると思う?」
リーンはゴーキとフージンの仲の悪さが、噂以上だった事に呆れていた。
「はははっ! そういう気持ちって、目の前の危機には何の意味もない事を知れば、霧散するものだよ。特に、協力しないと生き延びるのが難しい状況に置かれるとね」
リューはリーンの心配を笑い飛ばした。
リューとリーンは魔境の森でお互い修行した事により、友情も深まったし、お互いを半身として大切に思う親しい間柄になっている。
それも、全て過酷な環境下を一緒に乗り切った事が根本にあった。
「……確かにそうね。私とリュー程ではなくても、二人が和解する程度にはスーゴも過酷な環境に追い込むでしょうし」
怖い事をリーンは平然と告げる。
これには後ろで黙って話を聞いていた護衛のスードやイバルは、
「「魔境の森は、過酷のレベルが違うから!」」
と内心でツッコミを入れたのだった。
「リュー、リーン。ちょっといいか?」
ランドマーク領都に戻ったリュー一行は、父ファーザに挨拶をしてから王都に戻るつもりだったが、先に声をかけられた。
「何、お父さん」
父ファーザの他に、母セシルやリーンの父リンデスも立っていた。
リーンは久し振りに父親との再会だが、二人とも意外に淡白である。
軽く挨拶をしてハグをするだけに留まった。
エルフは長命の種だから、一カ月やそこらでは、久し振りという感覚にならないのかもしれない。
「実は、リンデス殿達の住む事になった村の奥に千年樹の苗を植えたんだが、今一つ育ちが悪くて、追加で魔力を込めようという話になってな。今、魔力の強い者を領地内から集めていたところなんだ」
「それなら、ちょっと待って」
リューは父ファーザの言いたい事がわかると、『次元回廊』を開いてその場から消えた。
五分後、妹のハンナとその親衛隊的な護衛の二人、イトラとフレトを連れて戻ってきた。
「おお! ハンナを呼んできてくれたのか、それは助かる!」
父ファーザは半月ぶりに再会したハンナに喜んだ。
母セシルは、ハンナに学校はどう? と話を始める。
「あ、それと、念の為、確実な人も呼んでおくね」
リューは急にその場で念じ始めた。
「「「?」」」
一同が、意味が分からず疑問符を頭に浮かべていると、
「なんじゃ、呼んだか?」
と一同の背後で声がした。
「イエラさん、ちょっと手伝ってほしい事があって」
そう、リューは黄竜フォレスの分身体であるイエラ・フォレスを呼んだのだ。
黄竜フォレスはランドマーク本領の守護神として、加護も与えてくれているありがたい存在である。
その範囲で千年樹の苗を育てるのだから、確認のついでに、手伝ってもらおうと考えたのだった。
「──ほう、千年樹をのう。我の魔力なら確かに千年樹との親和性は高いから、手伝ってやってもよいぞ」
イエラ・フォレスは鷹揚に答えた。
「何やら偉そうな娘だが、何者かな?」
エルフの英雄リンデスはファーザから黄竜フォレスの話は聞いていたが、その分身体については知らない様子だった。
「リンデス殿、本当に偉い人なので気をつけてください!」
ファーザが慌てて、リンデスを止める。
イエラ・フォレスは見かけは金髪ポニーテールに茶色い目、制服を着崩した姿はギャルにしか見えないからリンデスが不審に思うのも仕方がない。
「かっかっかぁ! 偉そうな娘か。久し振りにそんな事を言われたのじゃ。確か同じ事を言って我を捕らえようとした国王は、国と共に消滅したものだが、加護を与えているこの領地の住人なら許してやろう」
イエラ・フォレスは楽しそうに怖い事を告げた。
「リンデスさん、この人は、黄竜フォレス様の分身体ですので、失礼な物言いは勘弁してください!」
これにはリューも慌てた。
「!? も、申し訳ありません! 知らなかったとはいえ、失礼な事を……」
リンデスも黄竜フォレスと聞いて、平謝りになる。
これには誰よりもリーンが驚いていた。
この国の王にさえ頭を下げない父が簡単に頭を下げたからだ。
まあ、相手が国を簡単に滅ぼす事ができる皇帝竜の一種、黄竜フォレスとあっては、当然のことだったが。
「エルフの小僧よ。この地は我の加護で数百年は恵まれる事になるだろう。だが、その恩恵を当たり前と思うようになった時、滅びの道を歩む事になると思え」
長命種のエルフを小僧呼ばわりできるのは、イエラ・フォレスくらいだろう。
彼女の目にはリューもリンデスも大して変わらない年齢なのだ。
「それでは、千年樹の苗木のある所に移動しましょう」
リューは、本来の目的である魔力を千年樹に注ぐという作業の為、集まった者達を誘導するのだった。
千年樹の苗木はすでに、一般的なリゴーの木くらいの大きさになっていた。
「結構大きくなっているじゃない?」
リューは前回見た時、手の平に納まる程の苗木の時しか知らないので、驚いた。
「いや、我々エルフの秘中の儀を行えば、これくらいは大した事ではないのだ。だが、前回、その秘中の儀を使用したのは、数百年前の事でな。村から焼け出された時にその秘法の一部を失って、効率よく魔力を還元する事ができていないようなのだ……」
リンデスは、自分の代で技術を一部失った事に忸怩たる思いを見せた。
「ふむ……、確かにエルフの小僧の言う通り、魔法陣の一部が欠けておるのう。これくらいなら、我が修正してやろう。──ふん!」
イエラ・フォレスが千年樹の木に手を翳すと、地面に魔法陣が浮かび上がる。
「──これで良いじゃろう。あとは、全員で魔力を注ぎ込み、千年樹に思いを伝えるがよい。我だけの魔力では、つまらん樹に育つからのう」
イエラ・フォレスは、謎の多い千年樹についても色々と知っているようだ。
リンデスは、イエラ・フォレスに感謝の言葉を告げると、リュー達一行と共に、秘中の儀を始める事になった。
リューとリーン、ハンナに母セシル、英雄リンデス、これだけでも膨大な魔力が確保されたが、そこにイエラ・フォレスという特大の魔力が魔法陣に注ぎ込まれる。
魔法陣はそこから千年樹に魔力を変換して注ぎ込む。
すると、目の前の千年樹は見る見るうちに大きく伸びて行き、周囲の木を飲み込みながら変化していく。
そして、周囲の木とは比べようがない程、天を突く強大な大樹になるのだった。
「……まさか、これ程まで一瞬で大きく育つとは……」
リンデス本人が一番驚いた様子で、千年樹を見上げていた。
千年樹は青々と生い茂り、生命力に溢れている。
ここまで育てるには、それこそ毎日魔力を注いでも、数百年を要する事になっただろうが、イエラ・フォレスの力でそれも一瞬で成し遂げた形だった。
「ふむ。面白い育ち方をしたのじゃ。ランドマーク家の魔力が色濃く反映されておる。我が注いだ魔力は良くも悪くも、色のない魔力だったからのう。その分、生育に影響したのはリュー達の魔力じゃ。これ程、愛情溢れるものになったのは、初めて見るかもしれん」
数千年生きる黄竜フォレスは色々な形に育つ千年樹を見てきたのだろうが、彼女にしかわからない変化に、目を細めて褒めるのだった。




