第848話 領兵隊長の強さですが何か?
ランドマーク本領は、新たな加増により、領地が南部に広がっている。
その為、領主である父ファーザは、次期領主である長男タウロを代官と一緒に現地へ派遣するなど忙しくなっていた。
他にも領地の一部をエルフの集落にする事が決まって建築も進んでいる。
この為、ランドマーク本領は、経済がかなり活性化していた。
「お? リュー坊ちゃん、今日はどうしました?」
ランドマーク家の領兵隊長スーゴが、魔境の森に接した砦に現れたリュー一行に気づいた。
「あ、スーゴ。そっちこそ、ここにいるなんて珍しいんじゃない?」
いつもは領都にいる領兵隊長が、離れた砦にいる事に軽く驚いた。
「カミーザ様が少し留守にしているので、俺が魔境の森で領兵達の訓練を引き受けているんですよ。──ところでその後ろの二人は誰です?」
隊長スーゴは、リューの他にリーン、スード、イバル、ノーマンは知っている。
だが、ただならぬ気配を放つゴーキとフージンの二人が気になった。
「え? おじいちゃんいないの? うーん、どうしようかな……。──実はこの二人──」
リューは想定外の事に困るのだったが、とりあえず、隊長スーゴに一部始終を説明した。
「なるほど……。──それなら俺が引き受けましょうか? 丁度、魔境の森に入るところでしたし。カミーザ様は、奥地に冒険に行っているので、いつ戻るかわからないですからね」
スーゴは二人がとんでもない大物にも拘わらず、平然と引き受ける姿勢を見せた。
「おじいちゃん、奥地に行っているの!? ……珍しいなぁ。これまでケイおばあちゃんの傍から、長い時間離れるなんて事しなかったのに」
リューは祖父カミーザが、妻であるケイを一人にする事がほとんどなかったので、素直に驚いた。
「わははっ! カミーザ様は昔から愛妻家ですからなぁ。──まあ、今回は何やら考えての事みたいですよ」
スーゴは昔を振り返る様子を見せた。
そして、続ける。
「どうします? リーンの兄のリグもカミーザ様に付いて行って留守ですが、俺は《《暇》》ですよ?」
魔境の森にこれから入る人間のセリフとは思えない。
スーゴは元々、祖父カミーザを慕い、将来を期待された騎士団の従卒の立場を捨てて、ランドマーク家にやってきた経緯があった。
その為、カミーザのやり方が一番染み付いている人物でもあるから、任せるのには適している。
どちらかと言うと、スーゴの方が厳しいかもしれない、とリューは考えていた。
スーゴは能力に『鷹の目』を持っているので、広範囲の監視や観察に適しており、部下が危機に陥ってもギリギリまでは放置するところがあるからだ。
祖父カミーザも厳しいが、目の届く範囲が限られるから、まだ、助けに入るのも早い印象がある。
「それじゃあ、スーゴに任せようかな……。ゴーキは拳、フージンは魔法が得意だからその辺りを気をつけてもらえる?」
リューは説明しながら、ゴーキとフージンの拘束具を無造作に外していく。
これには、ゴーキとフージンが驚いた。
自分で言う事ではないが、要注意の大罪人である。
その二人の拘束具を簡単に外すのは危険極まりない事だ。
しかし、次の瞬間、お互いを殺そうとゴーキは拳を放ち、フージンは風魔法でその攻撃を防いで距離を取る。
やはり、ノーエランド王国で水と油と称される両巨頭だったから、自分達を捕らえたリューよりも、長年の宿敵を殺す方を選んだようだ。
「わははっ! 坊ちゃん。この二人、相当、仲が悪そうですね!」
スーゴが笑って二人の勝負を眺めた。
「あははっ……。これは想像以上に殺意が凄いね……」
リューは二人が協力して自分を攻撃すると思っていたから、想像以上の仲の悪さに呆れるしかない。
二人は、リュー達の事は無視し、お互い相手を仕留めるべく、攻撃を繰り出し続けた。
「ゴーキの方が、サシの勝負なら有利かと思ったけど、フージンも魔法使いならではのサシの戦い方を心得ているね」
リューはすぐに二人の戦い方に感心した。
「ほう……。二人ともかなり強いですね」
スーゴも感心した様子で、観戦する。
「隊長、このままでは、砦にも影響が出るので止めた方が……」
領兵隊の兵士がスーゴに具申した。
「そうだな。──二人とも、そこまでだ!」
スーゴは、二人に声をかけるが、二人は聞くわけもない。
リューはそれを黙って観ている。
リーンも同じだ。
スードとイバル、ノーマンは、リューとリーンが静観している事に疑問符を浮かべた。
二人でないと止めるのは難しい、と考えたからだ。
次の瞬間、スーゴがスッと動いた。
二人が拳と魔法で応戦する中、スーゴはまず、ゴーキの背後を取ると、思いっ切りその横っ腹を殴りつける。
ゴーキは、その一撃に目を剥いた。
あまりの強打に意識が飛びそうになったからだ。
そして、その場に膝を突く。
そこに、フージンがチャンスとばかりに、風魔法を叩き込もうとした。
「ハッ!」
だが、スーゴがその魔法に対し、魔力のこもった大きな声を発した。
衝撃波がその瞬間生まれ、風魔法は四散する。
そして、スーゴはフージンとの距離を詰めると、右手で首を掴む。
「止めろと言っているだろう!」
スーゴは、いつもの豪快な口調で両者に注意した。
これには、フージンも頷くしかない。
抵抗すれば、そのまま、首をへし折られると感じたからだ。
ゴーキも横っ腹の痛みに、あぶら汗をダラダラとかきながら、その様子を呆然と見ていた。
リューレベルの人物が、他にもいた事に驚いたのだ。
そのリューは、リーンにお願いしてゴーキの治療をさせる。
これにもまた、ゴーキは驚くしかなかった。
器の差というやつだろうか。
治療しても、問題なく何度でも制圧できるという警告にも取れた。
「はははっ! 流石スーゴだね。普段、サボっている事が多いけど」
リューは笑うと、ランドマーク家の家族の一人である領兵隊長を称賛するのだった。




