第847話 激震を走らせましたが何か?
ノーエランド王国の全土に激震が走った。
王国裏社会の二大巨頭である『豪鬼会』と『風神一家』が本部を構える王都において、壊滅状態に陥ったからだ。
それは文字通りであり、本部屋敷はほとんど跡形もなく破壊し尽くされ、両組織のボスも拘束された。
連日、両組織の大幹部、幹部なども多数捕らえられていた事だけでも大騒ぎだったが、この大捕り物劇は、大きな衝撃を持って全国に伝えられたのだった。
そして、誰もが気になるのはそれをどこの誰がやってのけたのか、という事である。
当然ながら、ノーエランド王国の警備隊や騎士団、海軍などが両組織壊滅の為に動いていたのは誰もがわかっていた。
だから、両組織のボスを捕らえたのは、国かと思われていたのだが、広まった噂では、とある貴族が自らの領兵を率いて国とは別に動いていたというものであった。
「どこのお貴族様だ? あの『豪鬼会』や『風神一家』と言えば、恐れるのは裏社会だけでなく、巷の泣く子も黙る大組織。貴族や役人、軍関係者にも仲間がいると言われている相手を敵に回すとはなぁ」
「俺は他国の王子様だって聞いたぞ?」
「違うって。以前、エマ王女殿下を助けてくれたクレストリア王国の貴族様らしいよ?」
新しい情報が入ってくるのが一番早いはずの王都民でさえ、情報が錯綜していた。
そんな中、正確な情報は国の上層部しか掴んでいない。
リューは今回、裏社会の一新を図る策を提案した人物であったし、他国の者だったから、秘密裏に事を進めていた。
その為、彼を知る者は限られ、両組織の間者の耳に入らないように秘密にされていたのである。
そのお陰で、リューは領兵を率いて自由に動けたからこそ、今回、一網打尽にできたのだった。
『豪鬼会』、『風神一家』のボス捕縛から、一週間が経過した。
その間も、国は両組織の取り締まりを強固にしたので、それを恐れた地方の傘下組織は独立する事で追及を逃れる手に出た。
これは、ノーエランド王家が狙っていたものである。
独立して両組織と関係を切らせる事で弱体化を図り、見逃す代わりに情報を求めた。
それが、両組織と繋がっていた役人や軍人の密告である。
これにより、地方の腐敗した部分を一気に取り除く事に成功する。
連日、裏社会の組織が潰されていく中で、汚職役人や軍人の逮捕が行われた。
「ミナトミュラー子爵の活躍、大変ありがたく思う。そなたの助言のお陰で、中央だけでなく、地方の腐敗役人達も一斉検挙が進んでいるからな。これで王国の裏社会だけでなく表にまで影響を与えていた『豪鬼会』と『風神一家』の両方を解体にまで追い込めそうだ。感謝する」
ノーエランド国王は、謁見の間において、他国の貴族であるリュー、そして部下のリーン、スード、イバル、ノーマン、領兵隊長に頭を下げた。
「陛下、無闇に頭を下げるものでは──」
重臣の一人が、慌てて止めに入る。
「これが無闇なものか。この国の腐敗した部分を取り除く事に成功しつつあるのだぞ? それも、あの『豪鬼会』、『風神一家』の両巨頭を拘束する活躍。これまで、我が国の者でもできなかった事を成し遂げてくれたのだ。儂が国の代表として頭を下げて感謝せずにどうする」
国王は、重臣にわざと説明っぽく答えた。
これは、他の重臣達にも言い聞かせる為だろう。
それくらい、今回のリュー達の活躍は目を見張るものだったのだ。
「陛下、ミナトミュラー子爵他、活躍してくれた者達に褒賞を与えねばなりますまい」
宰相が、進言する。
「そうだな。鬼神と称され、誰からも恐れられた『豪鬼会』の会長、ゴーキを自らの手で倒したミナトミュラー子爵には、何でも望むものを与えよう。何が欲しい? 爵位か、金か? それとも、領地か?」
国王はリューが何を望むのか嬉しそうに聞く。
前回は、この国での商いの許可を求めてきた。
意外な返答に、当時、国王はリューを気に入ったものである。
「それでは……、ゴーキの身柄を譲ってもらえますでしょうか?」
「「「え?」」」
これには、国王、宰相のみならず、その場にいた重臣、護衛の騎士達までが思わず声を上げた。
「じゃあ、私は『風神一家』のボス、フージンの身柄をお願いするわ」
リーンもリューの意図がわかったのか、身柄を要求した。
「待て、待て! ──ミナトミュラー子爵、自分が申している事がわかっているのか!? 奴らは、この国の裏社会を牛耳っていた悪の権化とも言うべき者達だ。それをクレストリア王国に連れ帰ってどうする!? もし、逃げられでもしたら、そなたの国に危険人物を解き放つ事になるのだぞ!?」
国王は想像の遥か斜め上の申し出に、ツッコミを入れずにはいられなかった。
ゴーキもフージンも組織のボスとして恐れられる一方、その実力からも、誰もが手を出せない怖ろしい存在として君臨していたのだ。
武力のゴーキ、魔力のフージン、その実力から表の世界でも成功できただろうに、敢えて裏の世界を選んだのはきっと、邪悪さ所以だろう。
その二人をせっかく捕らえ、これまで犯した罪を償わせる日がやってきたのに、身柄を引き取るという事は、恩赦を与えるようなものである。
さすがにそれは、国王も戸惑うわずにはいられないのだった。
「その時は、僕の手で改めて処断します。それが責任だと思いますので」
リューは平然と答える。
「なんとも……。毎回、お主には驚かされるな……」
これには、玉座から腰を浮かせた国王も、呆れた様子で力が抜けたように座り込んだ。
そして続ける。
「──ところでミナトミュラー子爵、あの二人はこれまで、裏社会で暗躍した大罪人である。あの二人をどうするつもりだ?」
「働かせます」
リューは国王の問いに即答した。
「働かせる!? ……どこで?」
「まずは、本家のある辺境、魔境の森で魔物狩り生活でしょうか」
リューはすでに、祖父カミーザに預けるつもりでいた。
あそこはどんな猛者でも、一度、自分の限界を知る場所である。
ゴーキもフージンもリューが出会った中で、かなり強い部類に入る人物だが、国王の指摘通り、一筋縄ではいかなさそうな者達だ。
だからこそ、祖父に預けるのが一番だろうと思うのだった。
「魔境の森……か。話に聞く四大絶地の一つ……。人が生きるには困難な土地だと聞く。そこに放り込んで生き地獄を味わわせるのか。──ふむ、これまでの行いを生きて償わせるのには相応しいかもしれない。──宰相、死刑囚の中から、二人に背格好の似た者を選び、代わりに処刑せよ。国民には区切りを付けさせなくてはならんからな」
国王は、処断するよりも大変な道を歩ませる方が、大組織のボスの末路としてよいかもしれないと判断した。
「ありがとうございます」
リューは恭しく頭を下げると、謁見を終えるのだった。
「どうなるか、難しいところよ?」
退室後、リーンがリューに声をかけた。
どうやら、打ち合わせ無しの事だったようだ。
「だね……。でも、僕が手合わせしたゴーキは、組織のボスというよりは武人の風格だったんだよね。ああいうのは、格の違いを示したうえで、全てを捨てさせる事ができれば、有能な部下になるかなって」
「カミーザおじさんが大変そうなんだけど? ──私が相手したフージンは魔法の限界を追及した人物かしらね。こっちは、私に負けた事で心が折れた感じがあったから、まだ、望みはありそうだけど、どうかしら?」
リーンはリューの考えがわかったので前向きに検討し始める。
そのあとを黙って歩くイバルとノーマン、スードは、あまりに無茶な事を考えている二人に対し、完全にドン引きしているのだった。




