第846話 続・強敵ですが何か?
『豪鬼会』会長を拘束したリューは、駆け付けた王国騎士団にその身柄を引き渡した。
「接近する事さえできなかった男を捕らえるだけでなく、本部屋敷まで吹き飛ばしてしまうとは……」
本部屋敷の監視、警戒を行っていた現場責任者である隊長は、自身が実際に目撃したにも拘らず、信じられない様子だった。
「それでは他の拘束した構成員の連行もよろしくお願いします。次がありますので」
リューは涼しい顔で告げると、領兵達を率いてその場をあとにしようとした。
「お、お待ちを! あのう……、王家の紋章入り許可証があるので、詳しくは聞きませんが、お名前だけでもお聞かせいただけますか?」
「僕の? ──ええっと……。僕は、クレストリア王国所属のミナトミュラー子爵です。それでは失礼します」
リューは軽く会釈すると、一行を引き連れて人気のない通りに駆けていく。
「エマ王女殿下を助け、海軍の隊長達と手合わせして勝利したという異国の子供貴族の!?」
隊長は呆然とリュー達の背中を見送るのだったが、行き先を聞いていない事を思い出し、あとを追った。
人気のない通りが見える角に着いて、声をかけようと口を開いたが、そこで、また、驚く。
リュー達の姿が忽然と消えていたからだ。
通りは、何もない裏道であったから、領兵隊数十名と一緒に一瞬で消える事などありえない。
隊長は、終始、夢か真かわからない状態だったが、部下に声をかけられて正気に戻ると自分の仕事に戻るのだった。
リュー達一行は、『次元回廊』を使用して、『風神一家』の本部事務所近くを訪れていた。
こちらも『豪鬼会』同様、本部事務所は敷地を防壁が覆い、守りの堅い作りになっていた。
警備も厳重で体格の良い強面の構成員達が要所に立っている。
「こちらも、魔法対策は万全みたいだね。──じゃあ、やろうか」
リューがノーマンからの報告を聞いて感心するとリーンに伺いを立てた。
「リュー、今回、あなたは休んでいなさい。治療したとはいえ、治したばかりなんだから。──イバル、ノーマンの二人で合成魔法を使用して。それでリューの魔法に少しは並びそうな威力になるでしょ?」
不機嫌そうなリーンが、リューを押し留め、魔法において天才的な才能を持つ二人の部下にフォローさせた。
「はははっ……。事実だから否定できないけど……、わかった。──ノーマン、やるぜ?」
イバルも一人ではリューの魔法の威力に全く及ばないのはわかっていたから、苦笑するしかない。
ノーマンもそれは同じだったので、リューに代わって二人で前に出て詠唱を始めた。
「僕は大丈夫なんだけどなぁ……。まあ、二人の今の実力も観ておきたいし、今回は見学に回るかな」
リューは治ったばかりの首筋を触りながら、渋々承諾した。
その間に、イバルとノーマンはお互い上位の土魔法を発動した。
二人が協力して一つの魔法を駆使すると、『風神一家』本部屋敷上空に巨大な岩が無数に出現する。
それらが、屋敷に次々に落下するのだった。
巨大な魔法の岩は、屋敷上空で、一個、また、一個と結界や設置型対魔法魔導具によって霧散する。
だが、四個、五個当たりで結界が耐えきれずに消滅すると、魔導具の方も限界がきて、音を立てて壊れた。
そこに続けて、リーンの風魔法による球体が上空に出現する。
事務所に詰めていた精鋭構成員達もこの世の終わりのような光景に、建物から避難する為、外に飛び出していく。
そこに、リーンの魔法が落下を始めた。
『豪鬼会』事務所同様、屋敷が魔法で破壊されていく。
風魔法の球体は、凶悪な風を巻き起こして窓ガラスを割り、屋根を鎌鼬が切り刻んで破壊する。
そして、破壊されたガラスや屋根は上空に巻き上げられて、敷地内の庭に落下するのだった。
このまま、『風神一家』の事務所も破壊尽くされるだろうと誰もが思った時である。
上空に同じように風魔法の球体が出現し、リーンの魔法に衝突してぶつかり合うと、相殺されて消失した。
「リーンの風魔法と互角!?」
これには、イバルが目を剥いて驚愕する。
リューも多少驚いた様子で、屋敷に視線を向けた。
すると、破壊された屋敷から、立派な杖を手にした人物が現れた。
「あれが『風神一家』の長です」
ノーマンが、リューに知らせた。
「へぇー。名前の通り風魔法を得意とする人物がボスなのか」
リューは素直に感心する。
『豪鬼会』の会長もそうだったが、こちらのボスもただ者ではないようだ。
ノーエランド王国の裏社会を二分する勢力を率いる者達が、伊達ではないという事だろう。
「それじゃあ、行ってくるわ」
リーンは好敵手を見つけたとばかりに、イバルとノーマン、そして、領兵隊を率いて壊れた防壁から敷地内に飛び込むのだった。
「……先程の風魔法は、貴様か、女エルフ。『風神一家』に手を出した報いを受けさせてやるぞ」
ボスはリーン達を睨むと、魔法を詠唱する。
リーンは無詠唱で風魔法を発動した。
「なんと!? ──せい!」
ボスは無詠唱のリーンに驚きつつも、魔法を発動してギリギリでリーンの風魔法による攻撃を防いだ。
「あら、無詠唱で魔法を使えないの?」
リーンは呆れた様子で、ボスを挑発した。
「くっ! やれ!」
ボスは背後に控える構成員達に命令を下すと、自らはまた、魔法を詠唱する。
どうやら、部下に攻撃させて詠唱時間を稼ぐつもりのようだ。
リーンとボスの間で両者の部下達がぶつかる事になった。
ミナトミュラー家の領兵隊は、最新の装備で身を固めた精鋭なのに対し、『風神一家』の構成員達は精鋭ながら装備は手にした剣や槍など武器のみである。
どうやら、不意の奇襲の為、防具を身に付ける時間はなかったようだ。
それに、イバルとノーマンが魔法で援護するので、装備の差で領兵隊が有利に進めていく。
リーンも今度は魔法を無詠唱ではなく、詠唱していた。
どうやら、ボスの魔法に対抗できる魔法は、それなりの規模のもののようだ。
ボスが、一足先に上位風魔法を発動する。
それは、竜の形を模したものだった。
嵐を巻き起こす竜は上空に舞うと、急速落下してリーン達に襲い掛かる。
リーンは敢えて、敵が魔法を発動するまで詠唱を遅らせていた。
相手の出方を窺っていたのだ。
ボスが繰り出した嵐竜の魔法に感心したが、それも一瞬の事で、魔法を発動する。
風と土の上位魔法を合わせたもので、骨格や牙、角などは岩、全体は風で具現化したこちらも竜である。
リーンの岩嵐の竜が、『風神一家』のボスの嵐竜を迎え撃つ。
両者の竜が顎を開き、相手に噛みつく。
リーンの岩嵐の竜が嵐竜の頭部をあっさりと噛み砕き、そのまま、敵構成員に襲い掛かった。
構成員達は風と岩に切り刻まれ吹き飛ばされると、ボスの脇を通り過ぎて半壊した建物に吹き飛ばされていく。
リーンの岩嵐の竜は、次にボスへ襲い掛かった。
ボスは桁外れの魔法に次の魔法を繰り出す余裕も無く、その場にへたり込んだ。
すると、相手を嚙み砕こうとした岩嵐の竜は寸前で霧散し、駆け付けた領兵がボスを拘束するのだった。