第837話 裏をかきますが何か?
マルコが知恵を巡らせた末、謀った作戦により、『竜星組』は動き出した。
それも、王都各事務所の精鋭はほぼ総動員しているので、裏社会では騒然とした。
これまで王都裏社会の最大組織である『竜星組』が、派手に動く事はなかったからである。
それだけ、今回は本気だという事がわかった。
黒塗りの馬車に精鋭構成員達が乗り込み、王都をあとにする。
「聞いたか? 噂になっている『亡屍会』とやり合うつもりらしいぞ……」
「『竜星組』は幹部構成員が数人刺されて死んだり、組長代理のマルコも狙われたらしいからな。組としては舐められたままにはできないし、本気だろうな……」
「馬鹿、『竜星組』に死人は出ていねぇよ! 負傷者は出たらしいけどな。それでもやったのが、『亡屍会』というのは本当らしい……。──しばらくは大組織同士、殺し合いが続くだろうぜ」
「末端のうちには声がかかっていないが、こうしちゃいられねぇ。──お頭から招集がかかるかもしれねぇから、事務所で待機しておくか」
裏社会関係者達は、色々な憶測を基に想像を働かせて噂をする。
そして、各自の思惑の元、動き出す。
その噂と動きについて、王都に潜伏する『亡屍会』会長テッドとその精鋭部隊『不屍隊』の耳にも入ってきた。
「ボスの想像通り、『竜星組』が動き出しましたぜ」
部下の一人が、暗い室内でボスのテッドに報告する。
「あの人からの命令だから、俺が自ら乗り込んできたが、厄介な事になって少し焦った。……だが、あちらから仕掛けてくるのなら、やりやすい。当然、相手の裏をかくぞ。どうやら、マルコが密かに連絡を取っているのは、かつての同僚だったランスキーのようだ。そのランスキーは表向き、少年貴族の部下として働いているようだ。つまり、ランスキーは裏で少年貴族を操り、その部下に収まる事で本当の姿を隠していたようだ」
「つまり、ランスキーが『竜星組』の真のボスって事ですね?」
「ああ。貴族の部下になっていれば、正体もバレないだろうさ。誰もまさか、王都裏社会のドンが子供貴族の下に付いているとは思わないからな。──野郎共。奴らは俺が慌てて王都から逃げ出し、自分の縄張りに急ぐと考えているだろう。そこを捕らえ、俺を捕まえるつもりだ。だが、こちらはその裏をかく。奴らはボスの正体がバレているとは思っていないだろう。だから、ランスキーの周囲には護衛がほとんどいない。これは絶好の機会だ。奴の首を獲り、堂々と王都から帰還するぞ」
「「「おう!」」」
ボスであるテッドの演説に、精鋭である『不屍隊』は迷う事無く支持する。
それだけ、ボスであるテッドに対する信頼は、揺るがないという事のようだ。
部下が集めたランスキーの情報を基に、テッドはすぐに暗殺計画を立てるのだった。
『竜星組』が南部方面の広大な領域に縄張りを持つ『亡屍会』討伐に向かって、二日後。
王都のリューが管理するビルの駐馬車場から、ランスキーが仕事の為、馬車に乗って出てきた。
「標的が出てきた。護衛は若い男が一人と世話役の子供二人の三人のみ。普段の行動通りなら、この後、マイスタの街に向かうはずだ」
「よし、こちらも計画通り、北門から王都を出て三十分程のところで街道を塞ぎ、馬車を止める。そこで仕留めるぞ」
『不屍隊』二十名は、前もって準備していた木材を積んだ馬車を街道に待機させている。
それで街道を塞ぐのだ。
ここまではテッドの読み通りに進んでいるのだった。
そして、ランスキーの乗った馬車は、マイスタの街に向かい街道を進む。
途中、街道の傍で止まっている木材を積んだ馬車を避けようと、御者が手綱を動かした。
すると、傍の馬車に積んでいた木材が、街道を塞ぐように落ちてきた。
御者が慌てて馬車を止める。
「どうした!?」
「木材が街道に落ちて、道を塞がれました!」
ランスキーの問いに御者が答えた。
そして、引き返そうと御者は後ろを見る。
すると新たな馬車が、それを塞ぐように止まるではないか。
ここでようやく御者は異変に気付く。
「ランスキーさん、これは罠です!」
御者が大きな声で警告する。
その反応が合図とばかりに、前後を塞ぐ馬車に乗り合わせていた者達が降りてくると剣を抜いた。
通行人達もそれに合わせて剣を抜く。
誰もがすぐに手練れとわかる合計二十人程の集団である。
「ランスキー! 大人しく馬車から出てこい! お前の事は、俺達『亡屍会』によって正体が割れている。最後くらい『竜星組』のボスを堂々と名乗って死ぬがいい!」
『不屍隊』の一人が、死の宣告をした。
「……やれやれ。ようやく引っ掛かったか」
馬車内から声がすると扉が開き、ランスキーが大人しく出てきた。
続けて、馬車内から一人の護衛が降りてくる。
いや、一人だけでなく、次から次に、馬車の大きさからは考えられない人数が出てくるではないか。
「ど、どういう事だ!? 何の魔法の類だ!?」
刺客である『不屍隊』の連中は驚いて目を見張る。
馬車内ではリューが『次元回廊』開いて、マイスタの街に待機する部下達を大人数呼び寄せたのだ。
相手は、二十人。それも、『亡屍会』会長テッドの精鋭である『不屍隊』だから、用心に越した事はない。
それに、リューは会長テッドが本当に頭がキレる男なら、さらに何か考えているのではないかと睨んでいた。
だから、現場に同行していたのである。
リューの『次元回廊』で馬車から出てきた『竜星組』の者達は、五十人以上。
これには、敵である『不屍隊』も唖然とした。
「それで、お前らのボス、テッドはどこだ? 見たところ、それっぽい男はいないようだが?」
ランスキーが周囲を見渡す素振りを見せた。
「……まさか、裏をかいた作戦も読まれていたとはな。だが、こちらも、万が一に備えている。ボスは今頃、貴様らが我々を罠に嵌める為、警戒を弱めていた北門から出ている頃だ。こちらは『竜星組』の謎のボスの正体がわかれば、最低限は目的を果たした事になるからな!」
『不屍隊』を率いていた男が、剣を構えた。
どうやら、降伏する気はないようだ。
「だ、そうです」
ランスキーは馬車内に確認する。
「じゃあ、あとはよろしく」
リューは、ランスキーにこの場を任せると仮面を付け、『次元回廊』でリーンとスードの三人と一緒に北門に戻るのだった。
「『竜星組』のボスを仕留めれば、万々歳。仕留めなくても当初の目標は果たせた。遠回りになるが、王都を大きく迂回して南部に戻るか……」
『亡屍会』の会長テッドは、馬に跨ると単騎で踵を返す。
部下の言う通り、北門から『竜星組』の監視を避けて王都から抜け出したのだ。
そこに、ガラの悪そうな騎馬の五人がテッドに向かってやってくる。
どうやら、監視に気づかれたようだ。
「ちっ。気づかれたか。だが、他の門とは違い、追手が五人だけなら問題ない」
テッドは慌てる事無く、馬の腹を蹴って疾駆すると、逃亡を図る。
これに気づいた五騎は、あとを追った。
「待て、そこの男!」
「待つわけがないだろう」
テッドは追手の制止に反論すると、左手を後方に掲げる。
すると、その手から大きな火球が生み出され、躊躇する事無く追手に放たれた。
火球は追手の五人に真っ直ぐ向かう。
追手は不意の攻撃に馬を反転させようとするがもう遅い。
追手は避けられないと判断すると、とっさに馬を盾にして被害を抑えようとした。
そこに魔法による水の塊が、追手の五人を背後から高速で通り過ぎていく。
そして、追手を襲った火球に衝突すると、蒸気を発しながら相殺した。
命拾いした追手は驚いて思わず振り返る。
そこには仮面を付けたリューとリーン、スードが馬を疾駆させ、こちらに向かっていたのだった。