第836話 攻勢に出ますが何か?
王都内に潜伏して『竜星組』の転覆を謀っていた『亡屍会』の精鋭は、リリス・ムーマの『星夜会』の働きによって、ほとんどを一掃する事に成功した。
そして、拘束した『亡屍会』のメンバーは、すでに組長代理であるマルコの命令によって色々と情報を引き出している最中である。
「……やはり、若の正体と命を狙っていたのか」
マルコは、部下からの報告で眉間にしわを寄せた。
そもそも、自分の命が狙われるところまで迫られた事は不覚だった。
それどころか、主であるリューにまで、『亡屍会』の刺客が迫っていた事に猛省するしかない。
本当なら、命をもって詫びを入れなくては収まらないところだが、リュー自身がそれを嫌がるだろう。
それどころか、生きて自分の為に働け、と言われそうな気がした。
「──それで、今回、二百人以上もの連中を指揮していた主犯格は誰だ? 拘束した中にはそれっぽい者はいなかったが」
「それが……。テッド自身だったそうです」
「……何? テッドって……、『亡屍会』会長の、か!?」
マルコは、あまりの驚きに目を見開き、部下を問い質す。
「はい……。どうやら、若の正体に迫るには、現場で分析するのが一番だと考えたようです。拘束した中の一人が、テッド直属の精鋭である『不屍隊』を名乗り、自供しました」
「あとどのくらいがこの王都に入り込んでいる?」
「会長であるテッドと『不屍隊』二十名程だそうです。若へあと一歩まで近づいているはずだと兵隊は吐いています」
マルコは部下の報告を聞いて、少し安堵する。
まだ、リューの正体が割れていない事がわかったからだ。
リューもその辺りは警戒して、最近は特に『竜星組』とのかかわりを避けている。
どうやらそれが、気づかれずに済んだギリギリの境界線だったのかもしれない。
「『亡屍会』会長のテッドが、まだ、王都に潜伏しているなら、これはチャンスかもしれんな……」
マルコは不意に考えを漏らした。
王都のありとあらゆる出入りは、戦後からこの数か月、『竜星組』は厳戒態勢を取って監視している。
王都警備隊とも連携を取っているくらいに、だ。
『亡屍会』としたら危険を冒してでも、リューの正体を暴き、命を獲れれば全ては完了となる。
だからこそ、ボスであるテッド自ら精鋭を率いて乗り込んできた。
しかし、思わぬ反撃でその大半が拘束されてしまった。
その為、テッド自身の護衛も減っていた。
「幹部を招集しろ。兵隊を集めて『亡屍会』の本拠点を攻撃する」
「え? 王都内のテッドを見つけ出すんじゃないんですか?」
上司の言葉に、部下は驚きを隠せない。
「テッドは、部下が一気に捕縛された事で、しばらくは警戒して表には出てこないだろう。ならば、その間に、帰る場所を無くす」
マルコの言葉に淀みはない。
どうやら本気のようだ。
「若には?」
「あまり、若に直接報告していると、間者を失ったテッドでも何かしら気づくかも知れないからいい。それに、私の動きは監視されている可能性が高いからな。──それに、私が派手に動けば、こちらの意図を汲んでくれるはずだ。だが、ランスキーにはそれとなく伝えておけ」
「はい!」
部下は上司の狙いを理解すると、『竜星組』の幹部、つまり、幹部組織のボス達を招集するのだった。
『竜星組』の幹部は、それぞれが大なり小なり組織を構えており、それぞれが精鋭揃いであった。
特に、マイスタの本部事務所に出入りできる幹部は限られていて、この連中はリューから直接、杯を貰っている腹心にあたる。
その忠誠心は本物で、マイスタの街の住人でもあるから、その結束力は尋常でない。
だから、マルコから招集がかかると、数時間以内に、全ての幹部が本部事務所に集まるのだった。
マルコが『亡屍会』を叩く旨を伝えると、幹部達は無言で全員が頷く。
幹部達が連れてきた部下は、すぐに自分の事務所に兵隊を集める為、部屋を飛び出していった。
「これは千載一遇の機会だ。若の命を狙った『亡屍会』の連中にはそれ相応の報いを与える。──いいな!」
「「「おう!」」」
幹部達はマルコを狙われただけでも、頭にきていたのに、リューまで狙っていた事にかなり憤っていた。
全員が、声を揃えて返事をすると、各自が事務所に戻り、遠征の準備に入るのだった。
「若、マルコの奴が、大規模に兵隊を動かしているようです」
ランスキーが、直属の部下からの報告をリューに知らせた。
「ああ。それって、『亡屍会』の本拠点潰し?」
「よくわかりましたね、そうみたいです」
「はははっ! ──マルコはやっぱり、頭がキレるね。じゃあ、僕達は、敵のボスが動き出すのを待っておこうかな」
リューは意味ありげに笑う。
「ですが、若。『竜星組』を総動員して、『亡屍会』の本拠点を攻撃するとなると、あまりにも目立ちませんか?」
ランスキーはマルコの行動が、少し短慮に見えていた。
「ふふふっ。ランスキーが騙されているのなら、大丈夫だよ」
またも、リューは意味ありげに笑う。
「どういう事です? 俺には作戦としてそれなりに良いとは思いますが、褒める程ではないような気が……」
ランスキーはリューの意味深な言葉に、首を傾げざるを得なかった。
「まあ、ランスキーにも関係する事だから話しておこうか」
リューは疑問符だらけのランスキーにマルコの狙いを説明する。
「これは多分、王都内の地下に潜んでこちらの様子を窺っているテッドを、動かす為の派手な演技なんだよ」
「演技……ですか?」
「うん。精鋭である二百名を失ったテッドは、一層警戒して表にはもう出てこないと思うでしょ? こちらも、リリス・ムーマの奇策が二度も成功すると思っていないから、正直、警戒している相手を見つけ出すのは難しい。ならば、あちらから動いてもらうしかないわけ」
「本拠点を狙う事で、ボスであるテッドを焦らせるという事ですね? つまり、王都から脱出して帰還しようとするところを狙い撃ちにするんですな! ──……うん? それだと俺には何も関係がないような……」
ランスキーは、リューの説明に疑問を覚える。
「そこまでは、頭のキレるテッドなら、こちらの考えを見透かすと思う。マルコの事をかなり分析しているしね。マルコはそこで、さらにこう考えたのさ。『残りの不屍隊メンバーを使って自分の周囲を監視させているのではないか? それならハメる方法はある』ってね。だから、マルコは部下を使って、この事をランスキーに直接知らせたんだよ」
「あっ! 俺が『竜星組』の真のボスだとテッドに思わせる為、若ではなく俺に部下を使って知らせてきたという事ですか!?」
「そういう事。今頃、テッドは、マルコの裏をかいて、真のボス、ランスキーの命を奪い、逆転勝利を狙うという暗殺計画を練っているんじゃないかな?」
ランスキーにマルコの策の全容を説明すると、リューはその策に乗り、罠を張る為に動き出すのだった。