第834話 夜の女王のやり方ですが何か?
王都に潜んで『竜星組』に密かな攻撃を繰り返している『亡屍会』の炙り出しが進んでいた。
以前、『聖銀狼会』との抗争の際には、灯台下暗しで『竜星組』の縄張りに潜んでいた経験がある。
今回、担当している夜の女王と呼ばれている淫魔族と人の混血であるリリス・ムーマは真っ先に縄張りから調査していた。
それに、前回と違うのは王都における他の大きな勢力、『月下狼』と『黒炎の羊』も『竜星組』に協力して動いている事だった。
『亡屍会』の間者達は、人口が多くとても広い王都にあって、そう簡単に見つかるつもりはなかったが、捜査の輪は確実に迫っていた。
「やはり、『竜星組』本部事務所の構成員が目をかけている新参の商会長が……」
リリス・ムーマは部下の報告を聞いて、眉をひそめる。
自身が率いる『星夜会』という夜のお店の者達で結成された組織によって、怪しい者は絞り込んでいた。
それが、身内の関係者であっても、リリス・ムーマは疑わしいと思ったら、調査をさせていたのである。
身内の調査は厄介だった。
『竜星組』本部事務所の構成員ともなると、身辺を調べるだけですぐに気取られる可能性が高かった。
優秀な人材が多い王都事務所だから、気配で気づかれるし、周囲の者も変化に気づいて調べられている者に警告する者がいるからなおさらである。
『星夜会』の者達は、身内相手に下手な動きはできないと考えると、直接的に動く事にした。
それは、女性従業員に色恋営業させたのである。
だから堂々と本部事務所にも女従業員が顔を出し、調査対象の構成員について周囲の者達に直接女の影や生活の変化について聞いて回る。
そして、本人には重い女と思われたくないから秘密にしておいて、と周囲には口止めするのだ。
身内同士の恋愛だから、周囲の者達も疑う事無く協力的で、疑惑が持たれている構成員の細かい変化を詳しく教えてくれた。
それをそのまま、リリス・ムーマに報告して彼女が分析するのだ。
案の定、構成員には変化があった。
派手に生活が変わったわけではないが、以前よりも確実に羽振りが良くなっていたからである。
その微妙な変化に気づく周囲の者達も相当な慧眼の持ち主であるが、それも咎める程ではなかったので、誰もそんなに気にかけていなかった。
「……金づるの商会長から助言を受けて、目立つような生活はやらないようにしているのかもね。これは当たりだと思う。一気に包囲の輪を縮めるわよ」
リリス・ムーマは『竜星組』本部の部下が裏切っているかもしれない状況に、リューが悲しむかもしれないと心を痛めた。
彼女にとってリューは、自分を闇から引き揚げてくれた恩人であり、最愛の人でもあったからだ。
「予定では明日に、また商会長を連れてお店に来るはず。その時、他の『亡屍会』の連中と思われる怪しい客も、各店舗に情報収集の為に足を運ぶだろうから、お酒を飲ませたタイミングで捕縛するわよ」
リリス・ムーマはいよいよ決行の日を決める。
この事はすぐに、『月下狼』や『黒炎の羊』にも、目星のついている者を捕縛するように伝達するのだった。
『亡屍会』の間者一斉捕縛作戦当日。
いつも通り、夜のお店にはお客が沢山訪れ、系列のお店も大繁盛である。
予定の時間になると、本部構成員が『亡屍会』の間者の疑いがある商会長を連れて、お店に訪れた。
「サラ嬢を頼む。あと、今日は商会長と一緒だから、他にも数人見繕ってくれ。いい席を頼むよ」
色恋営業で気のある素振りを見せていたホステスが指名された。
お願い通り、黒服店員は、特別席に案内した。
周囲の席のお客は当然だが、王都で有名な金持ちや貴族、大きな商会の会長や幹部、『竜星組』関係者もいる。
そこに、構成員と商会長が座り、指名されたサラが構成員の横に、綺麗どころのホステス二人が商会長を挟むように座って接客を始めた。
しばらく、盛り上がってお酒が進み、サラが他のお客からの指名で少し席を立つ事になった。
「すぐに戻ってきてくれよ」
酒に酔った構成員が少し、怪しい呂律でサラを見送る。
商会長はまだ、序の口といった感じで、二人のホステス相手でも不動のままだ。
そこへサラが席を外したヘルプ(サポート)に、他の店に在籍しているリリス・ムーマがやってきた。
これには、構成員も商会長も想像していなかったので、思わず慌てた。
当然ながら王都の夜のお店に通う者で、リリス・ムーマの名前を知らない者はもぐりである。
リリス・ムーマはいつも通り、淫魔族の能力である『魅力』を発揮しつつ、その魅惑の肢体と美貌から漂う色気を振り撒いていた。
最初にいたホステス二人には、まるで反応する素振りを見せていなかった商会長も、思わずその姿に見惚れる。
「こんばんは、お二人さん。今日は系列店であるこのお店の手伝いに来ているのだけど、サラの代わりに入っていいかしら?」
「「喜んで!」」
構成員と商会長は、声を揃えて反応した。
さすがリリス・ムーマといったところだろうか。
サラ一筋になっていた構成員と、別の目的で訪れているから綺麗なホステスにも目もくれない商会長二人は、リリス・ムーマの一挙手一投足に見惚れる。
お酒を作るのにも、タバコに火をつけるだけでも、一々色気が漂うのだから、仕方がないだろう。
男だけでなく女でもこの色香には見惚れずにはいられなかった。
リリス・ムーマは、他の席から見て商会長が楽しんでいないようだったから、自分が応援に来たと冗談交じりに言う。
「い、いや、私なりに楽しんでいるのだが……」
商会長は少し赤面するとしどろもどろに答える。
「そうは見えませんでしたよ? ここからの時間は私に任せて頂けるかしら?」
リリス・ムーマが色気漂う吐息の混じる甘い声を漏らす。
「お、おう……。それで何を?」
「ふふふっ、私に任せて。まずは、お二人の手を縛るわ。だから、お酒は私の手から飲んでもらうわね」
リリス・ムーマは黒服従業員に縄を持ってこさせると、慣れた手つきで二人の手を後ろに回して優しく縛り始める。
商会長は少し抵抗しようとしたが、リリス・ムーマが急接近してその大きな胸が腕に当たるので、その感触と彼女から漂う甘美な香りに気を取られている間に、あっという間に縛られてしまった。
「人にお酒を飲ませてもらう体験も悪くないか」
商会長は、リリス・ムーマの魅力にメロメロになってしまうと、鼻の下を伸ばした。
拘束されている事にも抵抗する様子がない。
「ふふふっ。お馬鹿さん。それじゃあ、プレイは別室で♪」
リリス・ムーマが、構成員と商会長に魅惑の笑顔を見せた。
「別室でプレイ? それは楽しみだな♡」
いつの間にか足も縛られていたので、商会長は素直に従い、丁寧に黒服に担がれる。
そして、別室という名の地下にある拷問部屋に直行するのだった。
他の店舗でも目星が付いていた客が来ると、同様の手口で拘束されていった。
相手は『亡屍会』の腕利き間者達である。
普通に捕縛しようとすれば、反撃を恐れる必要があり、被害も覚悟しなければいけないところだった。
しかし、リリス・ムーマ率いる『星夜会』は一滴の血も流す事無く、この夜、『亡屍会』の間者二十五名、関係者八名を拘束するのだった。